IBMを退職して本日からフリーになりました
7月末で29年間勤務した日本IBMを退職しました。
本日からフリーランスとして活動を開始します。
今日は活動開始記念に、今後の活動の目標を綴ってみたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
「越境するテクノロジー」
人類の歴史を振り返って見ると、ときおり従来の枠に収まらない新しいテクノロジーが出現し、それが社会を変える原動力となっています。
このような従来の枠組みを超えていくテクノロジーを筆者は “越境するテクノロジー” と名付けました。
これらのテクノロジーは社会を大きく変えましたが、その新規性ゆえ、出現の際には様々な混乱も生んでいます。古くは文字、その後印刷、近代に入って自動車、電話、つい最近ではインターネットなど
- 文字 : 文字を使うと人間の記憶力が悪化する(迷信)
- 写真 : 写真撮ると魂を取られる(迷信)
- 電話 : 通信手段として考慮するにはあまりにも欠点が多い(過小評価)
- コンピューター : 全世界でせいぜい5台ぐらいしか売れない (過小評価)
- 新たなテクノロジーを理解しないため生まれる過大評価と迷信
- 適用分野を従来の枠で考えてしまったために生まれる過小評価と見誤り
テクノロジーがハードルを越えるために
ハードルを越えるためには「新しいリテラシー」が必要だと筆者は考えます。新しいリテラシーとは?
あるテクノロジーに精通している人が、その活用に長けていることは稀です。 通常新しいテクノロジーを作る人と、その活用を考え発展させていく人は別なのです。よって、新しいテクノロジーの活用を促し、発展させるためには、その分野の専門家でなくても理解できるテクノロジーの説明体系を構築することが重要です。テレビを作った人と、それを活用してテレビドラマを作る人に必要な能力は全く別のものですよね
この説明体系を、越境するテクノロジーのための「新しいリテラシー」と呼びます。 新しいリテラシーは、万人にわかるような簡単なものであると同時に、正確なものである必要があります。その構築のためには新しいテクノロジーとその周辺を深掘りする必要があります。テレビが映る仕組みを詳細に知らなくても、中に人が入ってるんじゃないことはみんな知ってますよね。一方AIでは鉄腕アトムのようなものがすでに存在していると思っている人がいます。
筆者はこのリテラシーを構築することに大きな魅力を感じています。難しいことを簡単に説明するのが一番難しい、ということです
いま越境するテクノロジー達
さて、実際問題今そんなテクノロジーはあるのでしょうか? 筆者の視野でIT業界を見渡すと、これまでの枠を超えるポテンシャルを持ち、今まさにハードルを越えようとしているテクノロジーが3つあります。AI、ブロックチェーン、量子コンピューター
それぞれのテクノロジーについて、筆者の考える可能性を述べさせていただきます。
ブロックチェーン
最初は仮想通貨であるビットコインに使われているテクノロジーとして登場しましたが、仮想通貨の実装以外の様々な活用の可能性が認識され今はビットコインからスピンオフして単独でフォーカスが当たっています。
持っているポテンシャル : 社会・経済の仕組みを構築する
ブロックチェーンには多くの分野での可能性があります。あえて一つ挙げると、筆者は新たな社会・経済の仕組みを構築する基盤としてのブロックチェーンに高い可能性を感じています。
そのポテンシャルを引き出す為には社会学・経済学の分野の知見(マーケットデザイン理論など)を取り入れた議論を行い「新しいリテラシー」を構築するがあると考えています。
混乱 : 基軸通貨になりうる
一方でビットコインは「基軸通貨を置き換える」という説が、経済で通貨が担っている機能を無視したまま語られているなど混乱が残っています。
これは、通貨の担っている役割を考慮に入れた議論を行っていくことで解消されていくと考えています。
AI
クイズ王に勝利、十年は難しいと思われていた囲碁名人に勝利、など目を引く成果とあいまって大きな注目を浴び、第三次AIブームとなっています。
持っているポテンシャル : 人間の意思決定を支援する
現在のAIブームを支えている機械学習と呼ばれるテクノロジーには多くの可能性がありますが、筆者は意思決定を支援する基盤としての機械学習に高い可能性を感じています。
そのポテンシャルを引き出すためには、従来からある意思決定の手法(経営学、経済学など)と、意思決定支援の手法(数理統計学など)を取り入れた議論を行い、それらを統合した「新しいリテラシー」言い換えると「新しい意思決定理論」を構築する必要があると考えています。
混乱 : 人間を超える、仕事を奪う
一方でAIでは「人間を支配する」など、SFと現実がごちゃ混ぜになったような説がまことしやかに語られており混乱が生じています。
高いポテンシャルを持つ機械学習がここで埋れてしまわないためには、ビットコインからブロックチェーンがスピンオフしたようにAIと機械学習を分けて考える必要があると考えています。
しかしAIブームのおかげで、これまで議論の俎上に乗らなかった「人間とは?」「知能とは?」を考える土壌ができたのは良いことだと思います。
今後多様な分野の知見(科学哲学、数理科学、脳科学、認知科学、その他たくさん)を取り入れた議論が活発になっていけばこの分野での「新しいリテラシー」が醸造されていくと思っています。
量子コンピューター
量子コンピューターは量子力学の手法を使って、従来のコンピューターでは時間がかかり過ぎて解けなかった問題を高速に解く可能性を持ったテクノロジーです。
実現はまだ先と思われていましたが、ここ数年で実装が出てきました。
まだ本格的な実用段階に到達するまでには少し時間がかかりそうですが、今後の進展に高い注目が集まっています。
持っているポテンシャル : 特定の処理の高速化
量子コンピューターが実用化されると、これまで「計算方法はわかるけど膨大な時間がかかるから解くことが出来ない」とされていた問題を解くことができるので、いろんな分野での活用が期待されます。
筆者はそれに加えて、量子コンピューターの可能性を把握し、その適用方法を検討する過程で、コンピューターの性能の限界と可能性、そこから発展して科学の可能性と限界について議論し見直す機会が生まれると考えています。
この議論を経て作られた「新しいリテラシー」は、他のテクノロジーと対峙する新たな汎用的な視座となりうると考えています。
誤解 : なんでも高速になる
一方で量子コンピューターを使うと、なんでもかんでも高速になるという誤解もあります。
この誤解は「新しいリテラシー」を構築してく中で解消されていくと考えています。
これからの活動
新しい革新的なテクノロジーが社会で活用する土台(リテラシー)を作る現場に立ち会い、微力ながらもそれに貢献する、これが私の活動の目標です。
もちろん私一人の能力と力には限界があるので、様々な分野の方の力をお借りして活動していければと思っております。 個々の具体的な活動については今後ブログでも報告させていただきたいと思っています、よろしくお願いします。
参考文献
ブロックチェーン関連
アンドレアス・M・アントノプロス (2016)『ビットコインとブロックチェーン』NTT出版
デイヴィッド・バーチ (2018)『ビットコインはチグリス川を漂う』みすず書房
アルビン・E・ロス(2016)『Who Gets What』日本経済新聞出版社
AI関連
Sebastian Raschka (2017)『Python Machine Learning』Packt Publishing
イツァーク・ギルボア (2013)『意思決定理論入門』みすず書房
ジュリオ・トノーニ (2015)『意識はいつ生まれるのか』亜紀書房
量子コンピューター関連
竹内繁樹(2005)『量子コンピュータ―超並列計算のからくり』講談社