コロナ禍になって、作文力以前のままでコミュニケーションしていると、なんかギスギスしてくる(泣)。
今日もテレワークモード、会議はWEBで、資料を作成して会議やメール、SlackやTeamsみたいなツールを使ってアウトプットのやりとり。対面イベントもいくらかありますが感覚的には20~せいぜい30%。ほとんどが「自身の作業場所にて」孤独な仕事の繰り返し。
感染者数がまだまだ落ち着かない中、これから数か月、ということは来年が明けてもしばらくは、こういう仕事モードにおいて、自身が創出できる価値をいかに高くキープするかが鍵になります。
最近痛感することとして、メールで会話するとき、今まで以上に慎重で丁寧にコミュニケーションしないといけないなと。コロナ禍以前の我流を押し通そうとすると、思わぬトラブルの火種になることがあります。
コミュニケーション相手も自身同様に孤独な仕事環境のはずだし、以前と異なるストレスを感じながら働いているからです。些細な文章の拙さや、文脈の端折り方(あるいは必要以上の冗長さ)が、お互いが予期していないコミュニケーショントラブルを引き起こすのです。
簡潔はいいことだけれど、背景経緯を思い切り端折って結論ありきに作文をしたり、
背景経緯を語り過ぎて、なんだか自己弁護みたいな、「私は悪くありません」的な作文をしたり。
コロナ禍になる前だって、メールやTeams等でのコミュニケーションは結構な割合を占めるけれど、それは対面機会が一定量間に挟まってくれるから「些細なこと」を上手く穴埋めしてやりとりが成立しているだけ。そこを勘違いして従来通りに会話していると、「なんだよ、その言い方は!?」みたいなことが最近増えてきたように危惧しています。誰もコロナ禍の仕事モードについて事前に考察していたわけではなく、お互い試行錯誤の繰り返しで進めていくしかない。だけれども、そういう思慮を重ねていくかやらないかで、コミュニケーションが円滑に進むかどうかは大きく結果が変わる気がします。
今まで「メールの作法」的なエントリはいくつかしてきましたが、一層の配慮、考慮が重要だなと思います。
相手が「落ち着いた状況じゃないかも知れない」ってモードで作文しよう。
そのためには、より相手の気持ちになって、自身の文章がどうなっていれば快適に読んでもらえるかを考える。
冗長すぎてもいけないが、簡潔すぎると「行間を相手方が勝手に読む」リスクをしっかり考える。
「私はこういう作文調なんです」「私は精一杯頑張ってます」はご法度。相手の理解に委ねることを自身からナビゲーションしてはなりません。
営業メールは特にそうです。コロナ禍で苦しんでいるのは相手方も同じ。「仕事クダサイ」の直球勝負はかなりリスキーです。まず大事なのは「状況の共有」から。
レポート系メールでは、「私はちゃんとやりました」じゃなくて、相手の役割範囲の部分に「少しだけ重ねて」、隙間を絶対埋めないぞって気持ちで作文する。例えば3人チームで仕事するときに、決めた役割分担の境界線に、自身以外の二人の間にギャップが存在したら、とても悲しくなります。少しずつ、うまくみんなで重なりあって、こんな状況下でもコミュニケーションを円滑に成立させようとなぜ考えて言動できないのか。
自戒の念も込めて、これからはそういった配慮ができるコミュニケーションこそが、今後も続くであろう苦境の中で結果に結びつくのではないかと。面倒くさいけど、「なんでそこまで俺が」って思わなくもないけど、そこは自身からまずオトナになって、やるべき仕事が計画通りに完了できるように、「自分からここまで歩み寄って」コミュニケーションしよう、そう努めていくのが当分、とっても大事な気がしています。