AIは人事労務を代替しない。では、何を変えるのか?
先日、HRzineに掲載されたセッションレポートを読んで、自分の中で長く引っかかっていた問いに言葉が与えられた気がした。
「AIが持てないもの」として挙げられた「アンテナ」と「信頼貯金」という二つの言葉だ。
マーサーで人事・組織変革とデジタル戦略の支援をしている立場から言うと、これは単なるポジティブな人間礼賛ではない。むしろ、AI導入を検討する企業が最初に向き合うべき、構造的な問いを指し示している。
「効率化」という罠
クライアントからよく受ける問いは「AIで何が自動化できるか」だ。これは間違いではないが、最初の問いとしては危うい。
DX推進の目的として「業務の自動化・効率化」を挙げる企業が最多である一方、顧客体験の向上や新規事業の創出は低位にとどまり、DXが"効率化"に留まり、変革として捉えきれていない可能性がある ----PwCやINDUSTRIAL-Xの調査が一致して指摘するのが、まさにこの点だ。
人事・労務領域でも同じことが起きている。日本の人事部門では約7割が生成AIを何らかの業務で活用しているものの、「議事録・会議内容の要約」などの定型業務に集中している のが現状だ(日本の人事部「人事白書2025」)。AIを使い始めてはいる。しかし、それは人事の仕事の本質には、まだほとんど触れていない。
データが示す「人間にしかできないこと」の危機
マーサーのGlobal Talent Trends 2026(世界約12,000人のビジネスリーダー・HR担当者・従業員・投資家を対象)は、より深刻な事実を明らかにしている。
従業員のうち「職場で充実している」と回答した割合は、2024年の66%から2026年には44%へと急落し、コロナ禍の水準すら下回った。また、AIによる雇用喪失への不安を持つ従業員は2024年の28%から40%へと急増しており、「FOBO(時代遅れになることへの恐怖)」が組織のパフォーマンスを蝕み始めている。 
さらに問題なのは、従業員の62%が「経営者はAIの感情的影響を過小評価している」と感じているにもかかわらず、AIの導入戦略においてこれらの影響を考慮しているHRリーダーはわずか19%にとどまる という深刻なギャップだ。
つまり、AIを導入すれば生産性が上がるという経営の期待と、不安と疲弊の中で働く従業員の現実の間に、大きな亀裂が走っている。その亀裂を埋めるのが、まさに「信頼貯金」と「アンテナ」----人事が長年培ってきた、人間にしかできない力のはずだ。
「眼鏡の掛け替え」が、今なぜ重要か
HRzineの記事で印象的だったのが、「労務」と「人材マネジメント」を「眼鏡の掛け替え」として整理した視点だ。労務は全員を平等に守るもの、人材マネジメントは企業が勝つために戦略的に投資するもの----この二つは本来、論理が異なる。
AIの導入局面では、この「眼鏡の選択」がより複雑になる。C-Suiteの最優先課題が「AIと自動化を組み込む形に業務を再設計すること(63%)」である一方、HRの最優先課題は「従業員体験の向上による優秀人材の確保と定着」であり、人間とAIの時代への変革において、経営とHRの間の整合が取れていない。 
この構造的なズレを解消するために、HRに求められているのは「どちらの眼鏡を掛けて語るべきか」を意識し、経営と従業員の間で翻訳者・仲介者として機能する能力だ。これはAIには代替できない。
AI時代に人事・労務担当者が「深める」べきもの
AIだけでは不十分であり、組織は人間中心の原則に基づいてワークを再設計し、人間とAIの動的な協働文化と継続的なアップスキリング・リスキリングの文化を育む必要がある ----これはマーサーGlobal Talent Trendsが一貫して主張するテーゼだ。
具体的に言えば、AIが担うべきは「処理」であり、人が担うべきは「判断と関係」だ。給与計算や勤怠管理の自動化は手段に過ぎない。解放された時間で何をするか----従業員一人ひとりの「アンテナ」を立て、「信頼貯金」を積むことに使えるかどうかが、AI導入の真の成否を分ける。
2024年が実験の年だったとすれば、2025年以降は成果を実現する年でなければならない。人とAIのより直感的な協働を実現する中で、先進企業には、よりシンプルでカスタマイズされた仕事体験を提供する本物のチャンスがある。 
日本においても、生成AIのインフラ化が進む中、かつては「導入するか否か」が主要な論点だったが、今後は「いかにして標準業務に組み込み、全従業員が安心して活用し、付加価値を生み出せる環境を整えるか」という、より高度なマネジメントの段階へと移行しており、この変革のドライバーとして人事部門が中心的役割を果たすことが求められる (パーソル総合研究所「2025-2026年人事トレンドワード解説」)。
結論:問いを変える
「AIで何を自動化するか」ではなく、「AIが入ることで、人はより人らしい仕事に集中できるか」。
そして、「労務担当者はAIに仕事を奪われるか」ではなく、「AIが処理を担う時代に、信頼と対話の専門家としての人事・労務担当者の役割はいかに深化するか」。
HRzineの記事が、そのための問いの立て方を、平易な言葉で示してくれていた。組織人事の変革に関わる方に、ぜひ読んでいただきたい一本だ。
▼ 元記事
https://hrzine.jp/article/detail/7555
▼ 参考レポート
∙ Mercer Global Talent Trends 2026:https://www.mercer.com/insights/people-strategy/future-of-work/global-talent-trends/
∙ PwC「生成AIに関する実態調査2025春」:https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/generative-ai-survey2025.html
∙ パーソル総合研究所「2025-2026年人事トレンドワード解説」:https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/thinktank-column/trendword2026/
∙ 日本の人事部「人事白書2025」:https://jinjibu.jp/article/detl/hakusho/3794/