日本には、AI版のGDPや失業率が必要になるかもしれない ― AI活用は「導入」から「測定」の時代へ
東大松尾研、PKSHA、Anthropicが共同で「Japan AI Index」の構築を発表した。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000257.000022705.html
このニュースを見て最初に思ったのは、「ついに日本でもAIを測る時代が始まった」ということだった。
これまで企業や政府はAI導入率や利用者数を語ることはあっても、AIが実際に社会や産業へどのような影響を与えているのかを継続的かつ体系的に測定する仕組みを持っていなかった。しかし今回のJapan AI Indexは少し発想が異なる。目的はAIを開発することではなく、AIが雇用、産業、経済、教育にどのような影響を与えているのかを可視化し、政策や経営判断、人材育成を事実ベースで行えるようにすることにある。
私たちはGDP、消費者物価指数、失業率、生産性指標など、さまざまな指標を使って社会を理解している。景気が良いのか悪いのかを議論するときも、GDPや雇用統計なしには語れない。しかしAIについてはどうだろう。
AIは生産性を向上させると言われる。AIは仕事を奪うとも言われる。AIは新しい雇用を生み出すとも言われる。ところが、それらを客観的に示す共通指標は存在していない。結果としてAIに関する議論は、期待と不安の間を行き来しがちである。
実は世界ではすでにAIを「測る」取り組みが始まっている。代表例がスタンフォード大学のAI Indexである。
https://arxiv.org/abs/2504.07139
AI Indexは2017年から継続的に発行されており、AI投資額、人材数、論文数、特許数、企業導入率、社会受容度などを追跡している。現在では各国政府や企業経営者、投資家がAI政策や投資判断の参考資料として活用している。
またAnthropicも「Anthropic Economic Index」を公表している。
https://www.anthropic.com/economic-index
Claudeの利用実態を分析し、どの職種でAI活用が進んでいるのか、どの業務がAIによって代替されやすいのか、どの業務がAIによって補完されているのかを可視化している。
今回のJapan AI Indexは、こうした海外の先進的な取り組みを日本版として発展させようとする試みとも言える。
興味深いのは、初期分析から日本独自の特徴も見え始めていることである。現時点では、日本企業のAI活用は戦略立案や分析、資料作成といった「考える仕事」に集中している。一方で顧客対応、意思決定プロセス、組織運営、業務オペレーションといった領域への浸透はまだ限定的だという。
これは人的資本投資ともよく似ている。多くの企業が研修を導入する。しかし本当に成果が出る企業は、組織や仕事そのものを変えている。AIも同じだ。ツール導入と業務変革は別物なのである。
私はマーサーで人的資本経営や組織変革のプロジェクトに携わっているが、この話は人的資本経営の歴史と非常によく似ていると感じる。以前は「人材は大切だ」という精神論が中心だった。しかしISO30414や人的資本開示の登場によって、離職率、エンゲージメント、スキル、育成投資、内部登用率などを測定する時代へ変わった。
測定されるようになったことで経営課題になった。そして経営課題になったことで投資が進んだ。
AIも同じ道を辿る可能性が高い。AI導入率ではなく、AI活用度、AIによる生産性向上率、AIと人の業務分担率、AIによるスキル変化、AIによる賃金影響などが測定されるようになれば、AIはIT部門のテーマではなく経営テーマになる。
世界経済フォーラムのFuture of Jobs Reportでも、今後最も重要な経営課題の一つとしてAI活用とリスキリングが挙げられている。
https://www.weforum.org/reports/the-future-of-jobs-report-2025/
AI導入の成否を分けるのは技術ではない。
「どの仕事をAIに任せるのか」
「人は何に集中するのか」
を定義できるかどうかである。
これは人的資本経営の本質でもある。AIが普及するほど、人に求められる能力はより高度になる。問いを立てる力、意思決定する力、人を巻き込む力、変革を推進する力である。AIは分析を行う。しかし意味を与えるのは人間だ。だからこそ今後の経営課題は、「AIを導入するか」ではなく、「AIと人の役割分担をどう設計するか」に移っていくのだろう。GDPや失業率が経済を映す鏡であるように、Japan AI IndexはAI時代の社会を映す鏡になるかもしれない。
そして、その先にあるのはAI活用競争ではなく、「AIと人が共に成果を生み出す組織」を作る競争なのだと思う。