佐賀県「先進的ICT利活用教育推進事業」公開授業から成果と課題を考えてみた
今春、県立高校で1人1台のタブレット端末(佐賀県では学習者用パソコンと呼ぶ)を保護者が5万円負担する方式で整備した佐賀県。
7月6日、7日、8日の3日間、「先進的ICT利活用教育推進事業に係る成果発表会」と題して、有識者を交えたシンポジウムや公開授業が実施された。
8日に実施された公開授業の様子から、現時点での成果と課題について考えてみたい。
訪れたのは、佐賀県立神埼高等学校。
県内の東部の進学校。
電子黒板は平成25年度に整備されている。
タブレット端末は、4月の入学式で1年生全員に配布された。
その後デジタル教材のインストールに予想以上に日数がかかった関係で、5月下旬から活用が本格化したという状況。
そこからおよそ1ヶ月。
成果が現れ、これを発表することを求めることが、学校現場にとって酷なことだと思うのは私だけだろうか。
そうした県側の姿勢に疑問を感じつつ、公開授業を参観した。
1年生の国語総合
「徒然草」にでてくる古文表現などを学ぶ。
以下、授業の流れと気づきを。
・自学自習型の教材 「第13回 古文単語テスト」が用意されている。担当教員が自作。前時を振り返る時間だ。
タブレット端末のトラブルに備えて紙のテストも用意している。 印刷枚数は減ったとのこと。
・学習者用デジタル教科書を開く。紙の教科書でも良いという指示。
よく見ると、およそ1/3の生徒は、紙の教科書を利用している。
後で聞いてみると「紙の教科書の方が読みやすい」「はやい」と言う。
※学習者用デジタル教科書を開いた状態。拡大などは自由にできる。
・1名、端末トラブルあり。他の生徒がサポートしている。
この辺りの対処方法は、生徒自身が自ずと身に付けている様子。
・古語辞典アプリを使い、辞書引きする。
アプリ内で検索するが、全体的にローマ字入力が遅い。スマホなどのフリック入力は得意だという。
小中学校では時間を割いてキーボード入力を教えない場合が多い。
家庭のPCを使って習得していなければ、高校生段階でも身に付いていないのが実態。
・学習内容のまとめは、ノートに手書き。
ノートの置き場に困っている。机が狭いので、タブレット端末スタンドなどの整理ツールが必要だろう。
※机は従来のまま。このような状況。
・要点の説明に電子黒板を用いている。とにかく、電子黒板の高さが低い。後ろの生徒は見えていない。
同じ画面をタブレット端末に転送する事もできるが、そうなると生徒の顔が上がらなくなる。
投影する教材を工夫することで改善するしかない。
※生徒の目線から見た電子黒板
この日は欠席が多かった。夏の甲子園県大会に参加する野球部の生徒がいないとのこと。
授業を受けられない生徒が、この日の授業の動画をタブレット端末で視聴するなどの措置はないようだ。
そういう活用こそ「先進的ICT利活用教育」だと思うのだが、今後どうなるのだろう。
遠隔授業的なことも考えられるが、現行の著作権法(第35条)の観点で整理すべきことも多く、簡単にいかないように思う。
数学の公開授業も参観した。
「チェバの定理」を証明し、活用するという流れ。
この中で、数学的な理解が高く積極的に取り組んでいた生徒の様子がこの写真。
※紙のワークシートに、定規を使い補助線を引き、考えを整理している。
同様のワークシートがタブレット端末に表示され、多くの生徒は画面上に書き込んでいる。
この生徒は、この方法が自分に合っているのだろう。
紙とデジタルの優劣は、学習者の特性にも左右され、学習者自身が判断すれば良いと思う。
この日の様子や、過去小中学校で実施された児童・生徒向けのICT活用アンケート調査に関わった経験から思うのは、
学力の高い児童・生徒ほど「紙」を好む傾向にあるのではないか?ということだ。
「紙の方がはやい」ということも理由のようだ。
「紙の方が自分のペースで学習できる」といった児童もいた。
動画教材の視聴などは早送りしたいとも言う。
タブレット端末のレスポンスが紙並みに早くなると違う結果になるのかもしれない。
授業進行は、私が高校生の頃(およそ20年前)と大きく変わらない印象を受けた。
現行の学習指導要領と教科書を用いることは変わらないため、現時点でICTの導入が授業を大きく変える事はない。
「成果」
強いてあげるならば、
・生徒に対して、学習ツールの選択肢が増えた点
・紙とデジタル教材を自分自身で選択する中で、情報活用能力が向上すると思われる点
成果については、今後活用が進む中で新たな面も生まれることを期待する。
やはり、現時点で成果を求めることは難しい。
「課題」
・佐賀県教委が掲げる「グルーバル人材の育成」と授業デザインのシンクロ
・教員のICT活用指導力の向上(裏を返せば、教員のスキルでカバーしなければならないICT環境である)
・電子黒板の高さ、机上の整理など、環境デザインの改善
・充電忘れ、バッテリー不足への対応(学校では充電しない=「教材を忘れたもの」として扱う)
課題は多く、その殆どは整備前に整理すべき事柄だ。
環境構築後のため、利用者(教員・生徒)のスキルで補うしか術がない部分が多いと思われる。
電子黒板の高さなどの物理環境の改善は可能かもしれないが、予算がなければ動けない。
さらなる追加費用を予算計上する場合は、その経緯を明らかにしなければならないだろう。
今回、SEI-Netの授業活用は見られなかった。
聞くと、本活用に耐え得るシステムとは思えないそうだ。
SEI-Netの稼働後、教員が多忙になったと聞く事が多い。
鳴り物入りで導入し各所でアピールしてきた部分であり、昨年度から本稼働を始めているシステムの成果が見られなかった事は大きな課題だ。
「今後必要だと思われること」
・生徒のICT利活用に関する評価規準(のりじゅん)基準(もとじゅん)の整理
・ICT環境に関するアセスメント
この2点について、今後実施されるのかどうか注目している。
環境整備のための多額の予算=県民(国民)の税負担
学習者パソコンの購入=保護者の直接負担(各自5万円)
どのような効果があったのか?
これまでの県側の視点による定性分析ではなく、
利用者(教員・生徒)側の視点による定性・定量分析による客観的評価を行う事が、最大の説明責任だと考えられる。
私自身、初めてのことに踏み出す先進性は評価している。
1人1台という環境は、授業、生徒の学びに直結する。
今回は、保護者の経済的側面にも直結している。
卒業するときに
「佐賀県の高校に通ってよかった」
と多くの生徒が実感するような取り組みに発展してほしいと願う。