幼児期のICT活用〜人からのフィードバックを広げるために〜
「幼児期のICT活用」
弊社、(株)NEL&Mでは、2014年度より事業領域の一つとして「幼稚園・保育園のICT活用サポート」を展開している。
弊社が運営している「ICTスクールNEL」のインストラクター(ICT支援員能力認定資格保持者)が、幼稚園や保育園へiPadやプロジェクターなどの機材を持参する。
1年間のカリキュラム案や指導案なども提案し、ICTを活用した教育活動への取り組みを支援している。
11月7日(土)に東京大学の福武ホールで開催された「幼稚園・保育園ICT教育カンファレンス2016(主催:同カンファレンス実行委員会・株式会社スマートエデュケーション)」にて、我々の実践について発表させていただいた。
今回、会場では語りきれなかった部分を加え、筆者が考える「幼児期のICT活用」について提案してみたい。
最後に全体のスライドを公開しているので、本文と合わせて読んでいただけたらと思う。
1:なぜ、幼稚園・保育園でのICT活用に取り組むのか?
1-1「小中高校の現状から考える」
・国内の主たる教育機関である小学校、中学校、高等学校では、1人1台の学習者用情報端末を2010年代中に整備しようと動いている。このことは2013年に閣議決定されている。まだまだ一般的なレベルにまで普及してはいないが、着実に進んでいる。
・その先頭を走る地域は、筆者が住む「佐賀県」
文部科学省が毎年3月に調査する「学校における教育の情報化の実態に関する調査」によると、筆者が住む佐賀県は教育用コンピュータの整備を始め多くの項目で全国1位という状況である。他の地域より2〜3年先を進んでいると言ってよいだろう。
・筆者は、佐賀県の学校におけるタブレット端末の導入や活用サポートに関わってきた。情報端末の整備目的を達成するような状況には至らないケースもあり、まだまだ課題も多いと感じている。
今年の5月には「佐賀県ICT利活用教育の推進に関する事業改善検討委員会」が立ち上がり、筆者も委員の1人として改善や課題解決について関わらせていただいている。
思う様な活用に至らない理由の一つに、児童生徒のICT活用に関する適切な指導が難しいという現状がある。
「小学校等で、ICTの基本的な用語やスキルについて指導する時間がなかなか取れない」
「全ての教師がそれらを適切に指導できるとは言い切れない」という現状。
「1人1台の情報端末=パーソナルなデバイス」になり、子供達の主体的な活用が進むかと思いきや、
授業に不必要な操作をさせない為のキーボードロックや操作状況の把握など、利用者を制御する機能やシステムが導入される学校は少なくない。
筆者は、子供の自由な想像力や創造性を発揮する様なICT活用こそ「1人1台の情報端末=パーソナルなデバイス」の姿だと考えている。
そうした活用で必要な能力の育成が学校で難しいのであれば、民間企業として取り組みたいと考え、2014年5月に「ICTスクールNEL」を開校した。
子供達が、ICT活用力や情報活用能力を身につけながら、豊かな想像力や創造性を発揮できる場を提供している。
※「ICTスクールNELでのレッスン」情報モラルやタイピングレッスンの後の創作タイムの様子。
上の女の子は、友達へ送る絵本やメッセージカードを、iPadアプリや色画用紙を組み合わせて作っている。
下の男の子は、電子ブロックを使い何が創作できるのかを考え、構想を練っている。
1-2「子供の想像力や創造性を発揮するICT活用」
・子供達がICT機器に触れる年齢が低年齢化している現状への対応。
今の子供達が初めて出会う、所有するICT機器の中で代表的なものは「ゲーム機」、それと「保護者のスマートフォン」だろう。
「ゲームで遊ぶ」「YouTubeなどの動画を視聴する」という受け身の活用が多い。
幼稚園や保育園で質問すると、多くの園児がそうした機器を「使ったことがある」と答える。
家庭内のゲーム機の所有について尋ねると、複数台存在していることも多い。
保護者が以前使用していたスマートフォンをWi-Fi環境下で使用しているケースもある。
総務省が今年7月に発表した「未就学児等のICT利活用に係る保護者の意識に関する調査報告書」によると
・0歳児の1割が情報通信端末を利用(保護者が見せたり使わせたりしている場合を含む。)している。その割合は年齢とともに上昇し、4歳児~6歳児は4割を超えている。
・よく利用されている機能/アプリは動画閲覧(YouTube等)で、全年代において6~7割が利用している。知育アプリの利用割合も高く、未就学児の4割、小学生で2~3割が利用。
となっている。
この調査では「スマートフォン、タブレット 型端末、ノートPC、デスクトップPC、携帯電話・PHSのうち、少なくとも一つ以上利用させたことがあると回答した保護者」が対象となっている。ゲーム機まで含めて調査すると、使用率はさらに増加するのではないだろうか。
設問の中に「お子様を情報通信端末(スマートフォンやタブレット端末等)に触れさせる理由」を訪ねた結果、
「利用をきっかけに保護者や兄弟姉妹での会話が増えるから(感想を話す。内容を説明する)」という回答は
0〜3歳児:4.5% 4歳〜6歳児:8.5% 小学1〜3年生:10.5% という状況。
回答が多いのは「保護者の手を離れる時間ができるから」「お子様の機嫌が良くなるから」という部分だ。
仕事も子育ても両立しなければならない状況では、仕方がない場面もあるだろう。
ただ、ICTの「C(コミュニケーション)」の部分が相対的に低いことは心配になる。
また、創造的な活用が少ないことも気にかかる。
アプリの世界で完結してしまう場合、子供自身のオリジナリティを発揮するところまで至らないケースが多い。
アプリの選択は、実はとても難しい。
知育アプリで文字や数を学ぶ活用。これ自体は悪いことではないが、その多くはこれまで紙で行ってきたことを置き換えたにすぎない。
新しい何かを創造することには結びつかないのではないか。
こうした活用のまま小学校へ進学し、学習者用の情報端末が配布されたとして、子供達の頭の中にはどのような活用方法が浮かぶのだろう。
繰り返しになるが、筆者は、想像力や創造性を発揮する様なICT活用こそ「1人1台の情報端末=パーソナルなデバイス」の姿だと考えている。
与えられたものを消費する活用が主となっては、もったいない。
絵を描いたり、粘土で遊んだり、そうした感覚でICTを活用できること。それらを、友達などの人との関わりの中で育み、ITを活用することで更に広がったり膨らんでいくことが望ましい。
想像したことをカタチにしたり、何か新しい遊びを生み出す。自分の思いを表現して誰かに伝える、そうした中でICTを豊かに活用することを経験させたい。
そう考えた結果、幼児期からのICT活用に関わるべく、専門のインストラクターによる幼稚園・保育園のICT活用サポート事業をスタートさせた。
2:幼稚園や保育園で、どの様に取り組むのか?
2-1「取り組みの基本」
幼児期にICTを活用する上で、最も力を入れているのは「C」の部分だ。
ICT=Information and Communication Technology
Communicationだけではなく、「Collaboration (共に)」「Creative(創る)」という意味合いも持たせたいと考えている。
幼稚園や保育園は、子供達が集い、その中で育ち、学び合う場だ。
個々のITスキルは小学校以降で身につければ良いと思う。
学校で難しければ、我々のICTスクールでケアしていく。
幼児期には、友達などの人の関わりの中での「C」=「伝える」「共に」「創る」がさらに広がり、膨らむ様なICTの活用を経験させたい。
他者との関わり合いがあってこそ、1人で取り組むとき以上の発達を促し、表現や創作の素晴らしさや楽しさを共有し味わうことができると考える。
2-2「実際にどう取り組んでいるのか」
2014年度からサポートを開始した、佐賀市の「学校法人高岸幼稚園」では、月に1〜2回のペースで年長クラスを対象とした「ICTタイム」という正課内の活動を行っている。
・「創造力・表現力」を育む
・グループ活動の中で協力と貢献を意識付け、お互いを認め合う関係を築く
この二つを目標にし、年間カリキュラム(昨年は計19回)と毎時の指導案を作成している。
カリキュラムと指導案は、この取り組みの生命線だと考えている。
目標に対して、どこまで取り組むことができているか?活動内容と実際の結果はどうだったのか?
これらについて、担任教師と共に検討し、振り返り、修正しながら、知見を蓄積している。
情報端末は「iPad」を使用している。クラスで1台、もしくは3人グループで1台を活用する。
弊社のインストラクターがiPad(最大9台)やプロジェクターなど必要な機材を持参する。
幼稚園側の初期投資は「¥0」
ICT活用サポート業務を委託してもらい、1回あたりの費用を支払ってもらっている。
活動中は、ICTに関する部分はインストラクターがケアし、担任教師には園児の変容をしっかりと「みとる」ことに専念してもらう様に役割を分担している。
カリキュラムや指導案は、先ず我々が提案し、担任教師と打ち合わせながら検討し実行している。
これまで教育現場でのICT活用をサポートしてきた経験や知恵、ノウハウをフル活用している。
代表的な事例を紹介する。
「iPadアプリを使った えほんづくり」
iPadアプリ「ピッケのつくるえほん」を使った絵本創りは、園児たちに表現の面白さや作家として創る側に立つことを体験してもらうために、年に数回程度実施している。
3人に1台のiPadを渡し、1人が1見開きを担当し、協力しながら1冊の絵本を創る。
こうした活動の前提として、園児たちとの「3つのお約束」がある。
「まつ」「みる」「おうえんする」
自分の順番が来るまで「まつ」
その間に友達の活動を「みる」 そこから学ぶ。自分が何を創りたいかイメージする。
創作や発表などで上手くいかない時は、その友達を「おうえんする」。
友達に声をかけられると、なんとも言えない嬉しげな表情を見せてくれる子が多い。
限られたキャラクターやアイテムを用いて表現するが、配置や色の選択などに違いが見られる。積み木アイテムを駆使し新しいアイテムを創造する園児も多い。それぞれに個性的な作品を創ってくれる。
2回目になると、表現にも変化が出てくる。こちらの想像を超える作品も生まれてくる。
完成した後は、絵本の発表会を行っている。
このアプリは、iPadの中にとどまらない。
印刷することもでき、自分たちで製本して、小さな紙の絵本を完成させる。
出来上がった絵本は、とても大切に扱っている。
その場で読み合いが始まる。
家に持ち帰り、何度も読んでもらったと嬉しそうに報告してくれる子もいる。
模倣から始まる表現が個性に変わっていく様子。
友達の操作を見ながら、手を出したい気持ちをぐっと堪えている様子。
困っている友達に、操作の仕方を教えていく様子。
協働での絵本作りを続けていくと、子供達の様々な変化を見る事ができる。
「折り紙」
ここでも、3人に1台のiPadを活用。
折り紙アプリの中から折りたい題材を話し合って決めるところからスタート。
これからの季節だったら「クリスマス折り紙」など、その時期の活動と関連したものを折るのが良いだろう。
3人で折り進むと、当然早い子、遅い子、上手く折れる子、そうではない子が出てくる。
その時、子供達同士で調子を合わせたり、教え合い、力を合わせて活動する。
担任教師や我々は、園児たちが円滑に活動できる様に潤滑油の様でありたいと思っている。
折り終わったら、写真を撮って発表会を行う。
他の作品を見て「すごい」「どこがむずかしかった?」などの声が上がる。
1人では折れないであろう(断念してしまいそうな)複雑な作品も生まれる。
自由な遊びの中でiPadを与え、子供達に任せてみたいと思う事もあるが、踏み出せないでいる。
自制できる子もいれば、中にはiPadを持った瞬間に夢中になりすぎる子がいる。
個々の特性や家庭での利用状況の違いが大きく、野放図に与えることはできない。
そのため、一人当たりの操作の時間を短くし、友達と折り合いをつけながら活用する様な場面を設定している。
アプリ選びには慎重になる。
できる限り子供の活動やイメージに余白を生みやすいアプリ。
iPad上とアナログな活動を行き来したり、つなげてくれるアプリ。
そうした基準で精選している。
2-3「活動の拠り所」
この活動の拠り所となる概念として「キー・コンピテンシー」を据えている。
OECDが2000年前後に行った「能力の定義と選択」(DeSeCo)プロジェクトで、国際的合意を得た能力概念だ。
その中でも「異質な集団で交流する」「相互作用的に道具を用いる」を重視している。
この中にICTを取り入れるイメージで、カリキュラムや指導案を作成している。
これだけでは漠然として捉えどころが難しいので、
「キー・コンピテンシー」を、発達段階に応じて整理しているニュージーランドの考え方を、最も参考にしている。
幼児期の先、小中高や大学、そして社会に出た時の人間像までの連続性をイメージしながら取り組んでいきたいと考えている。
悩んだり迷った時に拠り所があるのは大切だし心強い。
迷走しない様に丁寧に確認しながら進めていきたい。
3:効果と課題
3-1「効果」
幼稚園・保育園でICT活用をサポートする様になって実感する効果には2つある。
一つは「園児たちの変化」だ。
保護者向けアンケート「ICTタイムを導入し、お子様に変化はありましたか?」の結果より
・人前で話すのが苦手だったのが、ICTの保育で度々人前で話す機会をもらい、平気になってきた。
・創作を楽しむようになった
・家のタブレットで、以前は映像を見る事が多かったが、海外と交流したことで、その国の地図を見たり、歌や興味のある事について検索するようになった。
・スマートフォンを使ってのゲームに関心を示さなくなった。
・プレゼンが楽しかったと言っている。
・本を読むことがもっと好きになり、家で妹と遊ぶ時、待つ、見守るが出来るようになった。
この様な声が寄せられた。素直に嬉しい。
間近で見ていても変化を感じるが、保護者の方々からも評価していただいている事はありがたい。
もう一つの効果は「教員の変化」だ。
カリキュラムや指導案がある事で、活動の見通しを持ち、事後の省察と自己評価を繰り返すことが容易になる。
ここへ我々は積極的に関与していく。活用のサポートに加えて客観的な評価を伝える事を大切にしている。
昨年は、担任教師にiPadを1年間貸し出した。その結果、日々の様子を写真や動画で撮影する事が増えた。
保護者へ配布するお便りに写真が増え、園児達の日々の様子を振り返る事にもつながった。
自身の指導や保育につながる気づきも増えたそうだ。
こうした積み重ねが、教師の成長と指導や保育の質の向上につながったと実感している。
3-2「課題」
課題の一つは「研究者との連携による効果検証」だ。
先例が少ないため、自問自答を繰り返しながら慎重に進めざるをえない状況。
客観的な批判や検証と共に、もっと前進したい。
できる事ならば、大学の研究者と共に効果検証を進めたいと考えている。
幼児期のICT活用について興味をもっている研究者が近隣に存在すれば、ぜひ共同研究をお願いしたい。
もう一つの課題は「家庭との連携」だ。
スマートフォンやゲーム機など家庭での活用が進んでいる園児は、その影響が出やすい傾向を感じる。
ゲーム的なアプリを好み、創作が苦手な傾向。
iPadを手放さない傾向。
友達の操作中に、手を出して操作をしてしまう傾向。その他にも様々だ。
保護者の方々に対しては、
参観日にICTタイムの様子を見て、園児と共に活動してもらったり、
未就園児向けの説明会では、親子で共に活用する方法や、注意してほしい部分などを伝えている。
今後さらに保護者の方々へ直接伝える機会を増やし、
「良さそうだ」「やってみよう」「家庭でも実践できる」
そう思ってもらえる様なICTの活用法や関わり方を伝えていきたい。
最後に
実践して気がついた事がある。
子供達は、iPadのアプリからのフィードバック以上に「人からのフィードバック」を好むし、求めている。
友達や担任教師、インストラクター、そうした周囲の「人」から
「驚かれる、褒められる、認められる」
こうしたことが、何よりも嬉しく感じている様子を目の当たりにすることが多い。
その瞬間は、その場の活動が広がったり膨らんでいく様に感じる。iPadなどICTの存在が霞むほどに。
インタラクティブ(相互作用的)という言葉は、人間対コンピュータとの関係の中で活用されることが多いが
園児達を見ていると、人間同士のインタラクティブ性を高めるためにコンピュータを活用する事が自然な事の様に思えてくる。
人間関係を意識したり構築する事は、ある意味ストレスと折合うことでもある。
幼児期にこそ、人間関係の中での楽しさや喜びを実感し、貢献や所属感、自己肯定感を満たしてほしいと思う。
そこにICTが入る事で、人からのフィードバックが広がり膨らむ様に取り組んでいきたい。
それと、子供達の将来について。
少子高齢化が進む中、間違いなく少数派の世代であり、遺された様々な課題を背負わされている。
そうした世代が、豊かに自分らしく生きていくためには、ICTの力も必要なのは異論のないところだろう。
少なくても、大きな声を。
どこに住んでも、協力し合う。
自分を広げる道具として、ICTを豊かに活用してほしいと願っている。