無料オンライン教育MOOCがもたらす教育の破壊と創造
◆MOOCとは?
MOOC(ムークまたはモーク)という言葉をご存知でしょうか?MOOCとはMassive Open Online Course (無料オンライン学習プログラム)の頭文字を取った略称のことで、オンラインで誰でも無償で利用できるコースを公開しアカデミックなレベルのものからビジネス的なものなど多岐にわたる内容をオンラインで学べるというものです。日本でも東大がMOOCを開始したりと、日本国内でも少しずつ知られるようになってきています。
しかもMOOCでは現在そのほとんどが無料で利用できるということで、これまでは学費を払って大学に通わなければ学べなかったことを、無料で世界中から学ぶことができるようになってきました。例えば、経済的な理由で大学へ行けないという過程でも、やる気さえあれば学びの機会を得られるということです。スタンフォード大学の1年間の学費は約58000ドル(約500万円)、ハーバード大学でも56000ドル(約450万円)とかなり高額であり、もちろん支払能力のない家庭もたくさん存在します。
そんな中、インターネット環境の発達とMOOCの台頭によって、アカデミックな教育がお金持ち家庭のためのエリート教育ではなく、かつてないほど私達にとって近い存在になりつつあります。今回はMOOCについてフォーカスを当ててIT×教育の今後についてまとめてみました。
MOOCは日本からでももちろん受講できますが、講義は全て英語です。英語に馴染みの薄い方へオススメなのがiTunes Uで配布されている大学の講義コンテンツです。国内外の大学が講義コンテンツを提供しているので日本語で受講可能なものがあります。国内では東京大学、京都大学、慶應義塾大学、早稲田大学、明治大学など有名大学が参加しています。ぜひMOOCを体験してみてください。
◆話題のMOOCサービス総まとめ
1.Coursera
Coursera(コーセラ)はスタンフォード大学の教授ダフネ・コラーとアンドリュー・ングという2人の教授によって2012年1月に設立されたソーシャルベンチャー企業です。世界で最も有名なMOOCSで、欧米、アジアから数十の大学、ハーバード大学、スタンフォード大学、プリンストン大学など世界トップクラスの大学もオンラインでの講義を配信しています。また日本からは東京大学がコンテンツを提供し始めたことも話題になりました。担当教授からの一方的なレクチャーだけでなく、小テストなどインタラクティブな要素も盛り込んだ講義コンテンツを提供しています。
2.Udacity
Udacity(ユーダシティ)はスタンフォード大学の元教授であるセバスチアン・スラン氏が立ち上げたもので、現在190ヶ国から16万人の受講者を集めています。Courseraと同様、確認テストやクイズを盛り込んだインタラクティブな教材で自習できる仕組みがあります。「Programming A Robotic Car(ロボット自動車のプログラミング・上動画参照)」や「Building a Search Engine(検索エンジンの開発法)」など人工知能やコンピューターサイエンス関連のコースが充実しており、各大陸で受講生同士の交流を図るため、世界300を超える都市でMeetupと呼ばれるオフ会が開催されているのも特徴です。また、サイトだけでなくYouTubeでの動画講義を配信していることでも有名です。
3.edX
edX(エデックス)は2012年秋に開校した、マサチューセッツ工科大学とハーバード大学が共同で開発したサービスです。『ハーバード白熱教室』で知られるハーバード大のマイケル・サンデル教授の講座も受講が可能で、日本からは京都大学も参画を発表しています。現在はコンピュータ・サイエンスの講義が中心ですが、今後のコンテンツの充実が楽しみです。
上記3つ以外にも、無料オンライン大学の先駆けである『University of the People』や7つの大学で単位認定を受けた『Saylor.org』なども要チェックです。
◆MOOCのこれからの課題
MOOCが直面している課題は、オンラインで学んだ内容を証明するもの、つまりそれが社会的に認められる「単位」や「学習証明書」などの学習の成果としての『出口』が整備されきっていないことです。いかにオンライン学習が発達したとしても、結局は足を運んでリアルな大学に通うことでしか学んだことの価値が社会的に認められないのではMOOCを始めオンライン学習サービスが市民権を得ることはないでしょう。
特に日本ではオンライン学習における単位認定をしている大学はまだまだ数が限られています。先日、Courseraがオンライン学習の単位認定を始めたというニュースが話題になっていましたが、こういった動きが日本でも少しずつ認知されてきています。また、単位認定をするということはオンラインで試験を受けることも必要になってきます。海外ではProctorUなどのオンライン試験サービスを利用するなど、不正防止を含めオンラインで試験を受けるための準備が少しずつ進められているようです。
◆MOOCが投げかけるリアルでの学びの意義
オンライン授業が台頭すれば、わざわざ出席するしか意味のない無味乾燥な大学の授業などは淘汰されるかもしれません。しかし、それはオンライン学習が生み出す教育のトレンドの中では避けて通れない問題です。好む好まざる問わず、オンラインは遅くともあと10数年ほどでかなり市民権を得ることになり、リアルでの学びの意義をもう一度問いかけるでしょう。
MOOCを通じて実力と意欲さえあれば世界中のどこからでもトップ大学に入学、そして将来的には学位を得ることができるとなると、有名大学・有力大学への入学が殺到することになるでしょう。例えば、日本にいても英語力と学力がある生徒は日本の大学には行かずにハーバード大の学位を取得、ということが可能になってきます。逆に、価値を提示できない日本の中小大学はその存在意義をもう一度問われることになるでしょう。
しかし、悲観的になる必要はありません。MOOCは確かに教育のあり方を変えていますが、決して万能なわけではありません。MOOCを受講した生徒のうち90%は最後までコースを受講し終えないという調査結果もあるように、やはりオンライン学習だけでは挫折してしまうという生徒はいるものです。こういう生徒にこそ、教師がリアルの場でしてあげられる科目的・精神的なケアがあるんじゃないでしょうか。逆に言えば、わざわざ足を運んで講義を受けることに価値を出せない教授はオンライン講義にどんどん役目を奪われる、ということでもありますが。
カーン・アカデミーの創設者サルマン・カーン氏も記事で言及しているように、『オンライン学習などテクノロジーは優秀な先生の代わりになるものではない』のです。MOOCとはそもそも学習にやる気がない生徒を勉強させる装置ではなく、物理的・経済的制約などのために学習機会に恵まれない、かつ学習意欲のある子供の機械損失を埋めるものです。オンライン学習は必ずしもリアルの場での学びを代替するものではなく、お互いの強みを補完し合える存在として連携していくことが理想的でしょう。
もしあなたが教える側の人間であれば、あなたの授業は良くも悪くもインターネットの力によって晒されることになるでしょう。そしてどの先生が良いのか、選ぶのは生徒たちです。ここには資本主義的な自由があります。ユーザーによって良質なものが選ばれ、そうでないものは淘汰される。退屈なリアルでの学びよりもオンラインでのワクワクする学びが選ばれる未来は、すぐそこまで来ているような気がします。
※9月19日 11:00追記
NHKのクローズアップ現代でMOOCについての記事がありました。実際にMOOCを受講した子のインタビューを通じて良くまとめられています。