ホームレスでもハーバードに入学できる国アメリカ、できない国ニッポン
ハーバードに入学したホームレス少女
アメリカでドーン・ロギンスさんというホームレス女子高生がハーバード大に入学したことで大きな話題になっているようです。(TVで放送された動画はこちら)
現在18歳のロギンスさんは、貧困とドラッグ中毒に囲まれて育ちました。父親は家庭から去り、母親は新しい交際相手が犯罪を繰り返すたびに保釈金を払い続けて経済的に破綻、ロギンスさんは最後には遺棄されてしまいます。家族が失踪し、住む家のなくなったロギンスさんは祖母を頼りますが、祖母もまた深い問題を抱えており、いわゆるゴミ屋敷の住人でした。高校に進学した時点では、不登校が目立ち、学校は彼女を「ドロップアウト候補」とみなしていたそうです。ですが、彼女はそこから自分の力で這い上がってきた、とのこと。
こういった体験談も含め、今回の件は2つの点で話題になってるのでしょう。1つはドーンさんのホームレス時代の壮絶なストーリーと経験談があったこと。2つめは、"ホームレスであっても国内トップ大学へ入学したという事実"についてです。この厳しい環境下でハーバードに入学するだけの学力をつけたことも驚きですが、ハーバードがドーンさんを受け入れたという事実もまた驚きですよね。
そんな彼女の元には補助金の申し出と共に学内での仕事も用意されていて、お世話になった人達への感謝を述べると共にインタビューでは「これはゴールではなくプロセスです。」と話しています。(詳しくはUSA TODAYの記事を参照してください。)
人物評価のアメリカ、成績評価の日本
なぜ今回のような事例がアメリカでは起こりうるんでしょうか?そこでハーバード大の募集要項はどういうものなのか、ハーバード大がどのような学生を求めているのか、気になったので探してみました。すると、以下のような内容が明記されていました。(ハーバード大公式ブログ日本語版より)
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志願者の多くは、各自教育を受け、最高学府への入学に必要となる各国の卒業試験などで、優秀な成績を収められていると思います。しかし、ハーバード大学の受験では、試験の成績以外の選考要素も加味されることをご承知ください。例えば、以下の要素が合否判断となります。
抜きん出た知的能力
学級内の成績順位
通常とは異なった豊かな個性
抜きん出たリーダーシップ
文学、音楽、芸術などにおける独創性
高い運動能力
リベラルな教育を受けるために必要な精神的成熟度と動機の強さ
ハーバード大学は、地理的、民族的、経済的に異なった学生をできる限り集めたいと考えておりますが、志願者はそれぞれ個別に判断されます。つまり、いわゆるクウォータ制度(人種などによる割当制度)はありません。日本からの志願者は、世界の他地域からの志願者に比べて、有利でも不利でもありません。
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つまり、ハーバードに入学する人を選ぶためにはペーパーテスト以外にも人物評価をしますよ、と明言していることが分かります。センター試験が80%以上あって、2次試験の点数が〇〇点以上という日本のシステムとは随分違っていますね。日本の大学でこういった募集要項を明記している大学はほとんどないですね。今回のドーンさんの一件は、能力さえあれば誰であっても受け入れるというハーバードの人材に対するスタンスの現れなのでしょう。こういったリベラルさがアメリカの大学の最も誇るべき所だなと思います。もしこれが日本の大学で経歴がホームレスだと分かっている人を面接しているとしたら、果たして入学させるでしょうか?日本の大学受験で面接があるのはおそらく医学部受験くらいでしょうが、医学部受験でペーパーテストの点数の低さを面接で補ったという事例は1回も聞いたことがありません。
ちなみにロギンスさんのSAT(国語と数学の統一テスト)のスコアは2400点満点中の2110点だそうです。この数字だけ見ればハーバードの合格圏のやや下位とのこと。それでもハーバード大は彼女の学力以外のものに価値を見出した結果、入学を許可したのです。他にも何千という応募者の中から彼女のパーソナリティに注目するというのは、相当な労力を必要とすることでしょう。勉強以外の才能を評価し、大学に入ることで総合的な成長をしてくれそうな人物を探すというハーバード大のこだわり、そして良い人材を入学してほしいという不断の努力の賜なのだと思います。
確かに日本の大学入試システムは効率がいいです。テストの何点以上は合格、それ以下は不合格とすればそれはもうシステムの中で事務的に処理できる雑務に成り下がるからです。でも、そのペーパー試験を受けている人のパーソナリティまで想像している人がどれほどいるのでしょう?少しくらいペーパーテストの点数がなくても、それを補う魅力を持った人は沢山いるでしょうし、そこを発見しようという姿勢がもっと日本の大学にもあってほしいなと思います。
もちろんペーパーテストを軽視するつもりはありません。でも日本の大学入試システムも限界を迎えていて、それに違和感を持ち始めているのは私だけではないでしょう。今回のドーンさんのような事例が大学入試のあり方、ひいては大学の存在意義をもう一度見直すきっかけになればいいなと思っています。