透明性の時代、オープンリーダーシップを考察する
最近、ソーシャルメディアに関係する人たちの間で「オープン・リーダーシップ」というテーマが話題になりつつある。その語源は、透明性の時代における新しいリーダーシップのあり方を説いた「フェイスブック時代のオープン企業戦略」の原タイトル「Open Leadership」からきたものだ。
この記事では、この新しいリーダーシップ像について、過去の関連理論とも比較しながら考察し、これからあるべきリーダー像を提唱していきたいと思う。
■ オープン・リーダーシップとは?
原著者であるシャーリーン・リー氏(「グランズウェル」の共著者)によると「オープン・リーダーシップとは、謙虚に、かつ自信を持ってコントロールを手放すと同時に、相手から献身と責任感を引き出す能力を持つリーダーのあり方」と定義している。これは、従来の企業でありがちだったリーダー像、すなわち、情報を統制し、役員室という管制塔から顧客や社員をコントロールしようとするスタイルと一線を画すものだ。
その背景にあるのは、インターネット、ソーシャルメディアの台頭だ。世界中の人々が一瞬で情報をシェアし、同志を集め、リアルタイムに行動を促すことができる時代。企業は自らの不誠実な行動、自らにとって都合の悪い事実を覆い隠すことは不可能となりつつある。一方で、パワーを持った顧客や社員は、企業(経営層)以上に強い立場になりうるのだ。
【出展 : フェイスブック時代のオープン企業戦略】
最も典型的なオープン・リーダーの例としては、ザッポスのトニー・シェイCEOがあげられるだろう。シンプルなコアバリューを、社員教育から人事評価にまで組み込み、社内に浸透させる。共通の価値観を持った社員は、自律的にソーシャルメディアで社内外交流することが推奨されており、極めて透明性の高い組織として成立している。
・ 米国ザッポス「顧客にWOW!をお届けする」奇跡の経営,その本質を探る (2009/12)
しかしながら、ザッポスといえども、すべての企業情報をオープンにしているわけではない。例えば、Amazonによる買収の件を社員が知ったのは発表当日だ。重大な経営戦略、製品サービスのロードマップ、顧客データベース、個人情報など、本質的に企業が公開できない情報も当然存在している。したがって、何をオープンにして、何をクローズするのか、企業としてのポリシーが問われることとなる。
また、そもそもリーダーシップ論は人間の本質に基づくものなので、「孫子の兵法」などはるか昔の名著で言及されていることが、現代の複雑な政治経済においても通用することは多い。したがって、このオープン・リーダーシップの概念も、オールニューな考え方ではない。
■ マクレガー「X理論、Y理論」との対比について
古典的なリーダーシップ論のひとつに、マクレガーの「XY理論」がある。Wikipediaから抜粋(一部、筆者により編集)しておこう。
XY理論は、ダグラス・マグレガーの著書『企業の人間的側面』の中に登場する理論。アブラハム・マズローが先に唱えた欲求段階説を基にして説明されている。XY理論に境界はなく人間はX-Yを繋いだ線上にある前提で、X理論は低次元の欲求を多く持つ人間の行動モデルに分類され、Y理論は高次元の欲求を多く持つ人間の行動モデルに分類される。
X理論「人間は本来なまけたがる生き物で、責任をとりたがらず、放っておくと仕事をしなくなる」という考え方。この場合、命令や強制で管理し、目標が達成できなければ懲罰といった、「アメとムチ」による経営手法となる。
Y理論「人間は本来進んで働きたがる生き物で、自己実現のために自ら行動し、進んで問題解決をする」という考え方。この場合、労働者の自主性を尊重する経営手法となり、労働者が高次元欲求を持っている場合有効である。マクレガーは著書の中で、権限行使と命令統制による経営手法をX理論として批判し、統合と自己統制による経営が、将来の良い経営手法となると主張した。
権限行使と命令統制を旨とするX理論は、韓非子やマキャベリのような性悪説にも通じるものであり、リアリストに好まれる傾向がある。一方のY理論は、孟子や朱子のような性善説をベースにしたものであり、ロマンチストが好む考え方だ。現代社会における法治主義、契約といったものは性悪説に基づいており、一方の性善説に基づく徳治主義は、島国でほぼ単一民族に近い日本人の心情に近いところがある。
企業内リーダーシップにおいては、このX理論とY理論をケースバイケースで使い分ける中庸の考え方が現実的な解だった。しかしながら、インターネットやソーシャルメディアの浸透により情報統制が困難になったため、コントロール志向のマネジメントが難しくなっており、Y理論が適用されるべき局面が増えている。それがオープン・リーダーシップという名称で新たに注目されている背景ではないだろうか。
一方、商売という側面を見ても、商品のコモディティ化がすすみ、モノではなくサービスの付加価値が重要になってきた。商品を個別カスタマイズすることは困難だが、サービスであればお客様ごとに最適なカスタマイズが可能だ。ただしそれには、お客様一人ひとりの事情を踏まえたヒューマンな応対が重要となる。そのため、おのずと顧客接点である現場の重要性が増して来たのだ。事件は会議室ではなく、現場でおきているからだ。
サービス・カンパニーを標榜するザッポスが、超現場主義を取り、社員ひとりひとりに極めて大きな権限委譲を行っているのは、そのような環境変化を先取りしているからだ。そして、現場主義になればなるほど、社員ひとりひとりを信頼し、自律的な判断を尊重するオープン・リーダーシップにシフトしていくのは必然の流れと言えるだろう。
■ 透明性の時代、リーダーシップのあり方について
しかしながら、ビジネス経験が少ない若年層を中心に、この流れを過度に解釈したオープン至上主義、組織不要論、リーダーシップ不要論などが語られることがあるが、少なくとも短期的には現実的ではないだろう。
筆者は、むしろ、透明性の時代においては、権限や統制に頼ることのない、より高度なリーダーシップ・スタイルが必要になると考えている。市場がボーダーレスとなり、情報が瞬く間にシェアされ、クラウド化で限りなく低コスト化している現代経済において、ビジネス競争は激化の一途をたどっており、優秀な人材力の集約こそが最大の差別化手段となるからだ。
新しい時代、リーダーシップの源泉は資質によって大きく異なるが、人間力であることは間違いないだろう。例えば、スティーブジョブス(アップル)とトニーシェイ(ザッポス)は180度異なる経営スタイルを持っているが、それぞれ新時代を代表する経営者だ。いすれも、類まれなる先見性を持ち、失敗を通じて経営の本質を学び、社員に尊敬され、顧客に愛され、自らの個性をカリスマ性にまで高めたという点で共通している。
このヒューマンな求心力は、いつの時代においても、システマティックなアプローチや金銭的なインセンティブで代替できるものではないだろう。人的な組織を動かす原動力として、先見性、決断力、逆境時の耐久性など、人間にしかできない能力が必要となるからだ。
■ オープン・リーダーシップにおける新しいルールについて
原著「Open Leadership」には、透明性の時代におけるリーダーシップのルールとして、次の5つが提唱されている。
- 顧客や社員の持つパワーを尊重する
- 絶えず情報を共有して信頼関係を築く
- 好奇心を持ち、謙虚になる
- オープンであること責任を持たせる
- 失敗を許す
新しいベンチャー企業においては受け入れやすいことが多いが、縦割り構造が確立されている大企業においては悩ましい課題かも知れない。また現経営陣、管理層にとっては自らの持つコントロール権の放棄にもつながる問題で、抵抗感も強いだろう。未だにTwitterやFacebook、YouTubeにまでアクセス制限をする統制型企業も多く、一夕一朝で実現できる話ではないと思う。
今ではソーシャルメディア活用の先進事例として紹介されることが多い米国赤十字社だが、活用のきっかけとなったのは、2005年、ハリケーン・カトリーナの際に多くのネットユーザーから緊急対応の不手際を指摘されたことだった。対策として、翌年11月に、ウェンディ・ハーマン氏が新役職ソーシャルメディア・マネージャーとして就任。社内アクセス規制を解除してもらい、MySpaceなどのクチコミ調査を開始した。
彼女が発見したのは、苦情を言っている人の多くは赤十字をヘルプしたいと考える潜在的な協力者であったこと。そこでハーマン氏は、毎日平均400件ほどのコメントを経営陣に回覧し、彼らの尽きない心配に粘り強く回答し続けた。その継続的な努力の甲斐あって、今や700の支社を含む赤十字グループ全体でソーシャルメディアが活用され、募金などにその効果を発揮。組織も必然的にオープン化され、CEOも全面的なバックアップを表明するにいたっている。
透明性の時代、企業のブランド好感度を向上させるのは、厚化粧のブランディング施策ではなく、現場社員の信念と情熱、行動。そして彼らを信じ、強力にバックアップするリーダーだ。そう遠くない将来、日本においてもソーシャルメディアは一般市民にまで普及し、新しい時代に対応できない企業は、恐竜のように滅んでいく運命になるだろう。
やはり、グランズウェルの共著者であるジョシュ・バーノフ氏の新著「エンパワード」では、HERO(High Empowered and Resouceful Operative、大きな力を与えられ、臨機応変に行動できる社員)の重要性が叫ばれている。主役は現場のHERO、そしてバックアップするのがHEROと信頼で結ばれたオープン・リーダーだ。彼らこそ、旧態然とした会社が生まれ変わるための救世主と言っても過言ではない。
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