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3.11 ソーシャルメディアの光と陰、これからのこと

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3月11日。日本は、決して忘れることのできない国難を経験した。首都圏でも交通網は翌朝まで完全に麻痺し、携帯電話やSMSもほぼ不通という想像もできないような一夜を過ごすことになった。大混乱の中、Twitterは家族や友人との連絡をとれる手段として貴重な情報パイプラインとなったが、その一方で「製油所の火災で千葉に有害物質の雨が降る」「埼玉の水は危険だ」「筑波大学の連絡で一時間後に茨城にも放射能が来る」などの根拠のない悪質なデマが、Twitterやチェーンメール上を飛び交った。
 
僕自身、その直後から民と官連携プロジェクト「助けあいジャパン」活動に参加したこともあり、今回の大震災におけるソーシャルメディアの役割、その光と陰についても深く考えさせられた。
 
そして、その日から、今日はちょうど1ヶ月。多くの識者の書かれたご意見なども参考にさせていただきながら、震災におけるソーシャルメディアの役割を振り返ってみた。なお、ソーシャルメディアはもちろん万能ではなく、普及も限定的だ。また、宮城県、岩手県などでは通信インフラが破壊されたエリアが多く、被災地において利用可能な人は相当限られてしまう。それらを前提とした上で、この経験を風化させないために、ブログ記事としてまとめておきたいと思う。
  
 
■ 災害時に強いコミュニケーション・インフラとしての役割

 
Twitter、mixi、Facebookなどのソーシャルメディアは、テレビや新聞などマスメディアと対比される「メディア」としての特性とともに、電話やメールと対比できる「コミュニケーション・インフラ」としての側面を持っている。まず、はじめに後者の視点から、その果たした役割を検証していきたい。

ソーシャルメディアは災害時に強いコミュニケーション・インフラとして知られており、一年前、航空業界に1600億円もの被害を与えたアイスランド火山噴火時にも、Twitterが大きな役割を果たしている。

アイスランド火山噴火。旅行者が頼ったのはコールセンターよりツイッターだった (2010/4)
 
インターネットのプロトコルは、電話回線網と異なり、一部ネットワークが破壊されても、ルートを迂回することでトラブルを回避できる設計になっている。さらにFacebook、Twitterなど世界規模のソーシャルメディアは、ワールドカップなど全世界からの一時的なアクセス集中にも耐えうる強力なサーバー構成となっている点も大きい。

また、電話が不得意とする複数への情報伝達も、ソーシャルメディアでは一瞬で行えるため、コミュニケーション効率が格段に良い。そのため、ネットワークが生きていた地域においては、電話やメールの代替手段として、ソーシャルメディアが果たした役割は大きかった。
 
今回はTwitterに注目が集まったが、今後は、実名で検索でき、プライベートなやり取りにも向くFacebookの利点が認識されていくだろう。Skypeなどチャットの活躍も目立った。さらに一部の先進ユーザーの間では、Belugaなどスマートフォンベースのグループチャットが、より進化した友人間のコミュニケーション手段として注目された。
 
 
■ 情報を生活者に広く伝達するメディアとしての役割
 
もう一つ、情報を広く伝達するメディアとして、ソーシャルメディアが果たした役割を振り返りたい。まず、今回の震災において、メディアを通じて届けられるべき情報を整理してみよう。これらはメディアが果たすべき使命といっても良いかも知れない。

  1. 被災地情報の伝達
    被災地の被災状況、人手と物資需要、安否確認などを、場所情報を添えて、救援意思を持つ日本中の人々に伝えること
  2. 原発関連情報の伝達
    原発事故の作業進捗、放射能の拡散情報、計画停電情報などを、正確かつリアルタイムに、そして専門家の意見を付与して、危機感を感じている国内外の人々に伝えること
  3. 応援メッセージの伝達
    国内外から発信された数えきれない励ましメッセージを、動画や写真なども添えて、被災者の方々に伝えること
  4. 寄付関連情報の伝達
    国内外からの義援金、支援金の申し出先などを広く世界に告知し、被災者の方々のために多くの寄付を集めること  

1の被災地情報は、被災地域が信じられないほどの広域に及ぶため、全避難所に記者が入り、リアルタイムに情報発信をすることは不可能であり、マスメディアがカバーすることのできない領域だ。その点で、被災地情報は、個人からの情報発信を基礎とするソーシャルメディア向きであり、「助けあいジャパン」においても主目的となっている。携帯の持つ位置情報が極めて重要な役割を果しているのも特徴だ。ただし、ボランティア受入れ母体である自治体自体が消滅している地域も多く、人や物資を輸送する道路、特に毛細血管が分断されているため、現地で情報発信の役割を担うボランティアの送り込みに苦戦している実態がある。そんな背景もあり、現時点では地場に強い小規模地方新聞社からの情報発信力に注目が集まっている。

震災後、新聞各社ツイッターのフォロワー数はどう推移したか (edgefirstのメモ)
 
2の原発関連情報は、発信地が限定的で、かつ一般人の入れないクリティカルな場所であったこと、さらに専門家による解説も不可欠な点もあり、マスメディア、特にNHKがカバーすべき情報と言えるだろう。今回、東京電力からの積極的な情報開示が遅れたために、国内外に悪質な噂が飛び交い、多くの人を混乱させることになった点は大いに反省すべき点だ。また東京電力供給地域においては、深刻な電力不足に陥り、計画停電などの情報がマスメディアを通じて告知され、ソーシャルメディアによって拡散された。
  
3の応援メッセージは、情報発信が世界のいたるところから行われ、最もソーシャルメディアが効率的に機能した分野だ。心に響くメッセージが多く、写真や動画も含めた共感コンテンツだったために、ソーシャルメディアの持つバイラルパワーが十分に発揮された。代表格である Pray for Japan の Facebookページ は、短期間で5万人超えと国内有数のファン数となり、Pray for Japan のメッセージをまとめた YouTube動画 は、日本語にも関わらず42万回以上も再生されている。
 
4の寄付関連情報については、発信元が限定的なこと、信頼性の担保が必要なことなどから、マスメディアやポータルサイトに向く情報と言えるだろう。そもそも寄付関連情報は真偽の判断が困難であり、国民生活センターには4000件を超える相談が寄せられ、多くの義援金詐欺と思われる事件も発覚している。ソーシャルメディア上でも、有名人の寄付情報など、多くのデマが横行する結果となった。
 
震災後のデマ80件を分類整理して見えてきたパニック時の社会心理 (絵文録ことのは)
 
ここで、メディアの機能を、 (A) インプット (情報の収集) (B) プロセス (情報の選択と加工) (C) アウトプット (情報の配信と拡散) と整理して、ソーシャルメディアの果たすべき役割を考えてみよう。
 
まず、(A)インプット が極めて広域多数に渡るような 1の被災地情報3の応援メッセージ は個人発信が基本となるため、ソーシャルメディアに向く情報と言えるだろう。また、被災地情報においては、携帯電話に付与される位置情報は決定的に重要な役目を果たしている。
 
続いて、(B) プロセス においては、2の原発関連情報 のような専門性の高い情報、4の寄付関連情報 のような信頼性担保が必要な情報は、特にマスメディアに向く情報と言えるだろう。また、ソーシャルメディア上には極めて多数の玉石混淆な情報が発信されたため、マスメディアにおける編集部の役目を果たすキュレーション機能の必要性が浮き彫りになった。

最後の、(C) アウトプット において、ソーシャルメディアはいずれのケースでも情報拡散に力を発揮した。特に 3の応援メッセージ がその最たるものだろう。世界中から届いた励ましの言葉、写真、動画を目にして、世界の人々とつながっているという感覚をはじめて体感した人も多いのではないだろうか。反面、あまりに多くの善意に基づくミニプロジェクトが立ち上がるなど、拡散は得意だが集約は苦手なソーシャルメディアの特徴もあらわれた。情報を集約整理するデータベース、ミニプロジェクトの基盤となるプラットフォームなどが今後の課題となるだろう。

一つの注目例として挙げられるのは、被災地から届くソーシャルメディア上の声を位置情報で整理・集約したキュレーションサイト「sinsai.info」だ。このサイトは数十名のボランティアチーム「オープンストリートマップ・ファウンデーション」が、なんと震災発生後7時間で立ち上げたサイトで、時間あたり1万件を超すこともあるTweetなどを人力でチェック、位置やカテゴリ情報を付与したものだ。そして、このプラットフォームは、チリやハイチ、ニュージーランド地震の際にも活用された「ウシャヒディ」というオープンソースがベースとなっている。

いかに過去事例から学び、グローバルな支援コミュニティと連携するか (現代ビジネス)
 
彼ら sinsai.infoチームのもとには、世界中から日本のために貢献したいというオープンソース技術者からの問い合わせが殺到、世界が一つに繋がっていることを印象づけたシーンであった。
 
 
■ 震災関係の情報に関する、メディアとしての信頼度調査

3月29日、野村総研は「震災に伴うメディア接触動向に関する調査」を発表した。この調査内容では多様な情報を「震災関係」として一括りにしてあるため、当記事の考察内容を検証することはできないが、全体的な傾向が読み取れるので紹介しておきたい。

Fig1
【3月19日〜20日 野村総研調査 震災関連情報で、重視しているメディア】

トップはNHKで80.5%、続いて民放で56.9%と、災害時におけるテレビの重要性を再認識させる結果となった。インターネット情報ではポータルサイトが43.2%と最も多く、新聞を上回っている。ソーシャルメディア情報は18.3%、インターネット新聞情報とほぼ並び、一定の役割を果たしている状況がうかがえる。
 
Fig2
【3月19日〜20日 野村総研調査 信頼度が上昇したメディア】

Fig3
【3月19日〜20日 野村総研調査 信頼度が低下したメディア】
 
一方で、震災関連情報を通じて、信頼度の上昇ないし下降を調査したところ、ソーシャルメディアがそれぞれ3位となっており、その光と陰が浮き彫りになった。日本におけるソーシャルメディアの浸透度は30%程度と限定的だが、いずれのケースでも印象に残るメディアとなったようだ。
 

■ 「実名・リアル・クローズド」 vs 「匿名・オープン・バーチャル」
 
ソーシャルメディアの場合、フォローしている人や友人によって、タイムラインから入ってくる情報が異なるため、人によって、全く違う景色をみているという特性がある。例えば、友人関係が「実名・リアル・クローズド」か「匿名・バーチャル・オープン」かによって、情報の正確性や信頼度に大きな開きがあるのは必然だろう。
 
今回のソーシャルメディアで、最も注目されたのはTwitterだ。コミュニケーション・インフラとして電話の代替したという光の面とともに、ソーシャルメディアとしてデマ拡散の基盤になったという陰も目立つこととなった。Twitter以外でも、2chやチェーンメールなど、ネット上のクチコミに問題ありとの指摘も多かった。これらの情報は「匿名・オープン・バーチャル」な世界で伝播していく傾向が強い。特に、今回は、被災された当事者ではない、部外者からの情報発信が多く、それもデマ流布につながったと考えられる。

例えば、ネット上のクチコミが発信された場所を、ホットリンク社の「クチコミ@係長」(対象はブログ16億超記事、ただしTwitterは含まず)で確認すると、次のようになる。キーワードは「地震、津波、原発」と設定、一般的な震災関係のクチコミを対象とした。

Fig3_2
【3月1日〜3月20日 クチコミ@係長 「地震、津波、原発」クチコミ発信数】

Fig1_2
【3月1日〜3月10日 クチコミ@係長 「地震、津波、原発」クチコミ発信地】

Fig2_2
【3月11日〜3月20日 クチコミ@係長 「地震、津波、原発」クチコミ発信地】

上のグラフは震災関係のクチコミ発生数、中のグラフは3.11以前10日間の発信地域、下のグラフは3.11以降10日間の発信地域をあらわしている。クチコミ発生数は、当然のことながら3.11を境に急増するが、その一方で、3.11以降、東北地方からの情報発信が激減したことがわかる。つまり、震災関係のクチコミは、当事者でない人が発信したものが中心だったということだ。
 
このように、特にパニック状況になった場合の、被災地以外からのデマ情報拡散をいかに防ぐかは、今後のソーシャルメディアの課題となりそうだ。ただし、デマ拡散の素になったという点では、情報の信頼性を担保する立場であるべき一部マスメディアも同罪だ。監視サイト「ジャーナリスト恥辱の壁」というサイトまで立ち上がり、海外の米CNNやCBS、英テレグラフといった大手テレビ局などの、数多くの根拠のないヒステリックな偏向情報が糾弾されている。

ソーシャルメディアにおいても、デマ情報の発信源探しが行われているが、本質的に情報の信頼性を担保するために、より「実名・リアル・クローズド」な世界への関心が強まるのではないだろうか。実名検索が可能で、情報の信頼性が高く、海外との交流が容易な点で、Facebookにさらなる注目が集まる可能性もあるだろう。
 
 
■ ソーシャルメディア、企業活動、これからのこと
 
震災以降、日本全体が自粛モードになり、日本経済に与える影響も心配されている。前述「クチコミ@係長」を提供しているホットリンク社は、日本国内の自粛ムードの推移を、ポジティブキーワード「飲み会、宴会、解禁、パーティ、イベント、居酒屋」とネガティブキーワード「中止、品切れ、品薄、自粛、おこもり」を 調査 した。
 
Fig7
【3月8日〜3月21日 クチコミ@係長 震災後の生活者マインド変化の調査】

対象期間は、3月8日から3月21日まで。赤いラインがポジティブ、青いラインがネガティブをあらわしている。これによると、震災後、ポジティブキーワードは約2週間で80%強に回復したものの、ネガティブキーワードは以前として平常時の10倍以上あり、強い自粛ムードが続いていることがわかる。

書かれている内容も、2010年と2011年では全く異なる。例えば「花見」というキーワードで分析すると、2011年のピーク時で書き込みは約5万件/日(前年比50%)あるが、その内容差は歴然だ。

20102
【2010年 クチコミ@係長 「花見」関連キーワード、ピーク時10.4万件/日】

20112
【2011年 クチコミ@係長 「花見」関連キーワード、ピーク時5.2万件/日】

震災発生後1ヶ月たっても、これだけ強い意識変化が続いているということは、一時的な現象ではなく、日本人全体の潜在意識や行動に大きな変化をもたらすパラダイムシフトが生じていると捉えるべきだろう。3.11以前と以降は、生活者のインサイトも大きく変わった。それにより、企業のマーケティング活動は見なおしを余儀なくされるはずだ。
 
フィリップ・コトラー氏の「マーケティング3.0」では、これからのマーケティングの目的を「世界をより良い場所にすること」とし、顧客獲得や利益を追求する従来型の企業姿勢に警鐘を鳴らすとともに、社会的責任を重要視しない企業は淘汰されていくであろうことを示唆した。私見だが、この未曽有の国難を経験した日本においては、他国に先駆けて、その傾向がより強まるのではないかと考えている。

カエルをいれた鍋をゆっくり温めると、それに気づかないカエルはやがて死んでしまう。年々高齢化し、借金を増やしながら弱体化していく日本に、東日本大震災が強烈な刺激を与え、日本人の目を強制的に覚まさせた。
 
被災された方の力になれないかと憂い、自分にできることは何かと考え、みずからの職業を通じて社会に貢献することの大切さに気がつく。そもそも企業とは、世の中に貢献するために存在しており、利益はその結果として発生するものだ。行き過ぎた資本主義の中で歪んでいた常識を、日本人一人ひとりが見つめ直し、矯正をしはじめたのだ。
 
そのため、すべてのマーケティング活動に、社会への貢献やきめ細かな配慮が求められるはずだ。そのようなインサイト変化に無頓着なメッセージ発信、心配りのできないコミュニケーションを行う企業やブランドは、生活者の強い反発をうけるようになり、その不快感はソーシャルメディアで伝播していく。そして、それは一過性のものではなく、これからの新常識として定着していくだろう。
 
しかし、元を正せば、日本人は気配読みの名人だ。四方を海に囲まれ、和の精神を尊び、あうんの呼吸で会話できる民族なのだ。忘れかけていた日本人の心を取り戻し、原点に回帰すること、日本人にとってそれほど難しいことではないと願いたい。
 
そしてもう一つ、少なくとも数年にわたるであろうこの国難を乗り越えていくため、国民全体が心を一つにし、力をあわせていく必要性を、誰しもが強く感じている。そのためには、政官民を問わず、日本全体を覆う硬直した組織構造にメスを入れる必要があるだろう。企業経営でも、倒産の危機が本質的な変革の機会となるケースは多い。明治維新、第二次世界大戦につづくこの危機的状況は乗り越えられると信じ、自らができること、世の中に貢献できることに全力を投じて生きていきたい。


■ 追記
最新ニールセン視聴率データによると、大震災の影響で、ソーシャルメディア活用が非常に活発だったことがわかった。こちらの記事にまとめましたので、よろしければご覧ください。
最新ニールセン調査 〜 震災の影響でソーシャルメディア利用者が急増 (2011/4) 
 
 
 
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