iPadの新しいユーザー体験が創りだす,3つの革新的なビジネス特性
iPadが発表された日。ジョブスは「魔法のようで革命的なデバイス」(magical & revolutionary device)と表現し,iPadの持つ未見の可能性を示唆していた。
【出所: engadget】
そして,誰もがこの魔法のデバイスを手にすると,モバイル・コンピュータというジャンルで括れない「何か」を感じることになる。PCともスマートフォンとも感覚の異なる,iPadだけが持つ新しい特性。これはいったい何なのだろうか?
■ iPadは,コンピュータではなく,紙やテレビを進化させたメディアだ
タブレットコンピュータは,そのサイズから,ノートPC/ネットブックとスマートフォンの中間に存在するものと考えられていた。帯に短し,たすきに長し。2002年から発売され苦戦していたタブレットPCを表現するのに,この言葉はまさに最適だろう。
実際,WIndowsタブレットは,タッチパネルが売りものの変わったPCでしかなかった。そしてそれらは,タッチパネルや可搬性をフルに生かす独自の商品戦略に欠けていたように思う。
iPadの真の革新性は,次の3要素を兼ね備えていることにある。
- いつでもどこでも持ち歩ける (スマートフォンの持つ特性)
- 老若男女,だれでも直感的に使える (スマートフォンの持つ特性が進化したもの)
- インターネット・ブラウジングを不自由なく行える (PCの持つ特性)
iPadは,ノートPCやスマートフォンの中間にあるスキマ製品ではなく,この「3要素を兼ね備えたはじめてのデバイス」であることが極めて重要なことなのだ。
その結果,iPadは,「完全な形」(今までと同じような感覚)でマスメディア・コンテンツを体験できる唯一のデバイスとなった。いや,完全どころか,コンテンツ・ミックスやインタラクティブ性により,コンテンツ自体の可能性を大きく広げる魔法のメディア(媒体装置)となったのだ。
単なるスキマ製品ではないことは,昨日発表されたインターネット・ブラウジング・シェアからも推測できる。
この図は,発売わずか2ヶ月弱,200万台のiPadが,インターネット閲覧シェアですでにiPodTouchやAndroid携帯と同等レベルになっていることをあらわしている。
iPodTouchの出荷台数はすでに昨年9月で2000万台(元記事)を超えている。またAndroid携帯は現在1日65000台以上売れている(元記事)ことから推測して,堅く見ても1000万台以上は出荷されているはずだ。参考まで機種別の平均ページビューは次の通りだ。
iPadはスマートフォンより遥かに高いインターネット閲覧頻度を持つデバイスなのだ。そしてiPadは,PCともスマートフォンとも違う,全く新しいユーザー体験を創出しはじめている。
■ 新しいユーザー体験が創りだす,3つのビジネス特性
iPadのプランジングは快適だ。そしてどこでも持って行きたくなる魅力がある。さらに使い勝手が実に直感的で,キーボード入力ができない幼児や老人でも違和感なく使いこなせる。
そのため,利用者の脳が,デバイスというより電子ペーパーのような感覚で認知しているのではないだろうか。結果として,iPad上のビジネスモデルでは,ネットよりもリアル世界に近い金銭感覚が適用されても違和感を感じないのだろう。
新しいユーザー体験,そしてリアルに近い金銭感覚をあらわす事例を,3つのビジネス特性に分類して紹介したい。
1.コンテンツが高収益化 ~ 書籍や新聞,雑誌コンテンツに利用者がお金を払う
iPadは間違いなく雑誌の救世主になるだろう。それはiPad雑誌アプリが,PCウェブやスマートフォン・アプリはもとより,雑誌それ自体をも大きく上回るユーザー体験を創出しているからだ。
最も有名な事例は「Wired」誌。発売初日から2.4万部(ダウンロード)も売れたということで大きな話題(元記事)になったものだ。リアル雑誌と比較すると次のようになる。
■ Wired誌/アプリの販売状況
・雑誌(米国で5ドル,海外で主に6ドル) ... 月8.2万部
・iPadアプリ(全世界一律で5ドル) ... 初日2.4万部,初9日で7.3万部
(注)ただし雑誌Wiredはこれ以外に定期購読者(米国のみ10ドル/年,海外は1冊6ドル)67.2万人を持つ
なぜこれだけ売れるのか?そしてお金が取れるのか?
それはiPadアプリが雑誌に近い可搬性を持ち,雑誌を遥かに超えたリッチでインタラクティブなコンテンツを提供しているからに他ならない。
【Wiredアプリ トレーラー動画】
2.広告が高収益化 ~ iAd広告料金は,ネットではなくリアル媒体との比較になる
7月1日に開始されるアップル社純正広告「iAd」は,その高額な広告料金で話題を呼んでいる。Wall Street Journal誌(元記事)では,CPM(1000回閲覧あたりの広告料金)で900円,CPC(1クリックあたりの広告料金)で180円という料金設定で,一般的なネット広告の5-10倍程度の高額になる可能性があると報じている。
しかしながらiAdは絶好調のようだ。6月8日,WWDC2010において,開始前にもかかわらず既に54億円(6000万ドル)以上の出稿契約を締結しており,それだけで2010年下期の米国における全モバイル広告費の50%にあたると発表し,大変なサプライズをよんでいる。
これもジョブスの恐るべき慧眼だ。iPadのユーザー体験は,インターネット端末よりも,雑誌や新聞などのリアル媒体に近いため,広告設定もネットの常識とは異なってくるということだ。昨日のTechWave記事(元記事)に掲載されているUSA Today事例が実に興味深い。
■ USA Todayの広告価格設定 ... 1000回閲覧あたりの広告費
・新聞(カラー) ... 103ドル
・ウェブサイト ... 10ドル以下
・iPadアプリ ... 50ドル
さらに記事内では,iPad広告のクリック率が15%と極めて高いとしている。これはiPad購入直後の異常値のように思えるが,それにしても,ページ内広告の少なさから通常ウェブサイトを遥かに上回るクリック率をうむ可能性を秘めていると言えるだろう。
そして昨日,iPad上でも独立系の広告配信ネットワークは参入可能との規約改訂が発表された。(これはAdmob締め出しを目的としているものだ。関連記事はこちら) 多くのコンテンツ運営企業(iAdでは40%をAppleに献上する必要があるが)にとって,また広告配信ネットワーク企業にとって,これは大いなるビジネスチャンスとなるだろう。
3.紙の代替でビジネス活性化 ~ あわゆる企業で活用可能な電子ペーパー用途
そしてもう一つ注目すべき動きが,新聞や雑誌などの紙媒体のみならず,メニュー,パンフレット,写真,マニュアル,各種資料などさまざまな電子ペーパーとして利用されはじめていることだ。世界中の事例を見てみよう。
- 豪州レストラン,グローバルムンドタバスは「メニュー」をiPadに。閲覧しながら注文も (元記事)
- 南青山のthe simple kitchenは「ワインリスト」をiPadに。メニューに加えワイン検索も (元記事)
- 埼玉のニューヨーカーは「パンフ」をiPadに。新着や売筋,コーディネイトもできる (元記事)
- みずほ銀行は「回覧雑誌」をiPadに。待ち時間に閲覧だけでなく商品体験も可能に (元記事)
- ウェディングドレスのノバレーゼは「販促写真」をiPadに。着用時動画も見られる (元記事)
- 米国メルセデスベンツは「見積り計算」をiPadに。車のそばで話しながら商談できる (元記事)
- ヒュンダイは高級車Equusの「マニュアル」をiPadに。全お客様にiPadをプレゼント (元記事)
- 大塚製薬は「営業資料」と「教育資料」をiPadに。全社員1300人に配布する (元記事)
- 中津川図書館は「蔵書検索」をiPadに。将来的には電子書籍閲覧と組合せを検討 (元記事)
- 博多高校は「教材」をiPadに。100台導入し,順次拡大。ゆくゆくは情報共有やテストも (元記事)
これらの事例で大切なポイントがひとつある。ソーシャルメディアやスマートフォンなど新しいIT技術をビジネス活用する場合にネックになっていたのは,顧客や社員に一定のITリテラシーが必要だったこと。しかしiPadは違う。極端な話,幼児教育からシニアサービスまで,それも操作する人も選ばない,あらゆるビジネスで利用が可能だという点だ。
参考まで,当社ループスでも管理を除く全社員にiPadを配布する。主目的は営業プレゼンテーション。その背景で多様なクラウドサービスを活用し社内業務を効率化している。最新ツールを高度に駆使しているので,興味のある方はぜひ参考にしてほしい。
・ iPadを営業プレゼンテーションに使おう ~ 新たな社内情報共有の武器として (6/1)
■ だからiPadは売れているのだ
ジョブスは思っているだろう。iPadはPCやスマートフォンの代替やすきま製品ではない,真に革新的な製品なのだ。全く新しい製品が,これだけ早く世界中に普及し,必ずしもITに強くない人々が日々新しい活用法を開拓しはじめている。この現象こそiPadマジックだ。
この図はモルガンスタンレーが発表したモバイル機器の販売比較(各機種が販売されてからの出荷推移をグラフ化したもの)だ。彼らは従来のiPad予測を大幅に上方修正し,1年間の販売台数を保守的に見て1300万台,順調にいけば1600万台とした。そしてこのペースは,iPhoneを含むすべてのモバイル機器よりも早い。
ジョブスは,iPod,iPhoneと,世界を大きく変えるようなデバイスを発明し,立て続けに大ブレークさせた。しかし,本当はiPadこそ,Appleに戻ってきて一番手がけたかった真の革命的なプロダクトなのかも知れない。
【ビジネスのヒント】
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