アマゾンが800億かけても買収したかった「ザッポスの奇跡」
昨日の記事 「米国ザッポス「顧客感動サービス」の経済合理性を徹底分析する」 の続編です。
当記事では,奇跡の企業「ザッポス」が,いかに比類なき顧客エクスペリエンスを創造し続けているのか,そのマネジメントシステムについて分析してみたい。
ザッポスを恐れたアマゾンは,2007年1月にEndless.comを投入し,ザッポスと同等の顧客サービスに加え,規模にモノを言わせた低価格戦略でザッポスをつぶしにかかった。(この顛末は前記事にて)
しかしユーザーはザッポスを愛しつづけた。論理的に言えば「価格差ではカバーできないスイッチングコスト」が存在したわけだ。それはザッポスの誇る「普通じゃないサービス」がもたらした成果だった。
・ザッポスのコンタクトセンター(CLTと略)にはマニュアルがない。電話応対する社員の裁量は限りなく大きい。
・ザッポスのCLT社員が提供するのは「忘れ難い体験」であり,それを「幸せのデリバリー」と呼んでいる。
・ザッポスCLT社員は,顧客の欲しい靴が在庫切れの場合,他社サイトを調べて伝えるよう教育されている。
・ザッポスCLT社員は,靴に関係ないことでも,顧客の質問や要望に親切に対応するよう教育されている。
■ 「サービスを売る」会社
ザッポスのCEOトニー・シェイ氏はザッポスで最も謙虚な人物だそうだが,彼の揺らぎのない信念はザッポスの根幹だ。そして彼とすべての社員は 「ザッポスは,たまたま販売業を営んでいるに過ぎない『サービス・カンパニー』である」 と明言する。
【毎年恒例のイベントで社員に頭をそられるトニー・シェイ氏】
「モノ」を買う顧客に付加価値として「サービス」を提供するという流通業の常識をくつがえし,「サービス」こそが売り物であり,素晴らしい「サービス」を提供することは顧客ロイヤルティを築くための投資だというのがザッポスの考え方だ。
顧客至上主義を標榜する経営者は珍しくないが,美しい建前とは別に利己的な本音があるものだ。しかしザッポスは違う。その理念が会社のすみずみまで行き渡っている。しかしその一方でCLT社員にマニュアルはなく,さまざまな感動逸話は自己裁量から生まれている。では何がザッポスらしさを形成しているのだろうか?
■ 顧客サービスに素質のあるメンバーを厳選し,徹底的に文化を伝える
ザッポスは米国でフォーチュン誌の「2009年 最も働きたい会社ベスト100」で堂々23位に入るほど人気がある会社だ。その採用の多くは24時間365日対応のコンタクトセンター業務であるにもかかわらずだ。
求職者は,採用部門によって「技能」を,人事部門によって「文化適性」を査定される。いかに有能な人材でもザッポスの文化にあわない人物は採用しない,グーグルにも似た手法だ。
そこで厳選された「超サービス的人材」は,ザッポス社員手作りの4週間トレーニングを受けることになる。クラスルーム形式で独特の文化を学んだ後,後半2週間は(採用部門にかかわらず全員が)コンタクトセンターで実地トレーニングを受け,ザッポス魂を肌身で体感する。この期間は平日朝7時から夕方4時まで,一度でも遅刻したものは不採用という厳格な側面を持っている。
そしてザッポス流を象徴するのが,前半1週間終了後に提示される「2000ドルつき採用辞退オプション」だ。この制度はカルチャーになじめない,ないしお金のために働く社員をあぶりだす仕掛けとして一躍有名になったものだ。当初10%程度出ていた辞退者は,現在は1%程度とのこと。その比率の低さも驚きだ。
■ 目標を共有し,社員ひとりひとりの大きな裁量をもたせる
ザッポスには業務を細かく記載したマニュアルはない。そのかわり企業理念を実現するための価値基準である 「10のコアバリュー」 を徹底的に共有している。(以下の日本語訳は 「ザッポスの奇跡」 より引用・一部筆者にて加筆)
- サービスを通じて,WOW(驚嘆)を届けよう。
- 変化を受け入れ,その原動力となろう。
- 楽しさと,ちょっと変わったことをクリエイトしよう。
- 間違いを恐れず,創造的で,オープン・マインドでいこう。
- 成長と学びを追求しよう。
- コミュニケーションを通じて,オープンで正直な人間関係を構築しよう。
- チーム・家族精神を育てよう。
- 限りあるところから,より大きな成果を生み出そう。
- 情熱と強い意思を持とう。
- 謙虚でいよう。
これらはCEOトニー・シェイ氏のアイディアをベースに,全社員が1年間かけて練ったものだ。日本の儀礼的な社是合唱などと比べ,これらは 「社員が自主判断するための実践的な価値基準」 であり,その意味で対極をなすものと言える。
「コア・バリュー」へのザッポス社員の浸透は半端ではないようだ。企業文化第一主義といわれるゆえんでもある。人事評価の基準もこの「コア・バリュー」。例えばコンタクトセンター社員の人事査定は「売上」や「ひとり当たりの処理時間」ではない。
- ザッポスのコンタクトセンターでの評価基準は「顧客を満足させるために『普通』を超越するサービスを提供できたか否か」という点にあり,それは「社内評価」と「顧客評価」で評定される。
- 「社内評価」は専門チームがモニタリングを行い,「改善の余地がある」「こういった対処もある」「顧客を驚嘆ざるチャンスがあったのに見逃していないか」という観点からコーチングを行なう。
- 「顧客評価」は別専門チームが顧客リサーチを行なう。指標は「ザッポスを友人や同僚にすすめますか」というシンプルな質問(顧客ロイヤリティ研究の権威が開発 した手法)に対して10段階評価してもらうもので,その回答に基づきプロモーター(9-10評価)と批判者(0-6評価)を分類し比率を算出する。評価が 非常に悪い顧客に対してはチームリーダーや監督者が謝罪の電話をかけるルールもある。
ザッポス社員は実に自由奔放で,そのハチャメチャさに来訪者や求職者は衝撃を受けるほどだ。しかしそれは完全な自由放任主義ではなく,共通の理念,共通の目標には極めて規律性の高い一面があるようだ。
それは「コア・バリュー」だけではない。実はザッポスはその外見から予想もつかないほど指標徹底型の会社であり,あらゆるところに「数値」が貼られている。「一日の問い合わせ件数」「顧客の平均待機時間」「総売上」「コンタクトセンター売上とその比率」「オペレーター一人あたりの売上」など。
ただし評価基準になっていない点に注意すべきだ。これらの指標は「コア・バリュー」
とともに社員一人一人が適切な判断をするための材料なのだ。社員のハッピーを実現するためには,所属する会社がハッピーでなくてはならず,それらは顧客のハッピーと同等に大切なことである。そしてそのバランスを考えるのは上司でもシステムでもない。一人一人の社員の自主性にまかされているのだ。
【ザッポスの自由奔放な社内風景】
■ 感動の顧客エクスペリエンスを創出するもの
ザッポス独特のサービスを埋めだす源泉についてまとめたい。
根幹になるのはCEOトニー・シェイ氏と社員が共有する理念と企業文化,それを具体化するための価値基準 「コア・バリュー」 だ。
ザッポスは,文化適性があるものだけを社員として受け入れ,コアバリューと実践を通じてその文化を徹底的に伝える。それにより共通の目標と価値観を持つ家族のようなチームが生まれてくる。
コア・バリューとともに業務の判断基準になるのが多様な指標だ。ただしそれらは判断材料であり,意思決定の多くは社員の自主性にまかされている。
社員のアクティビティは測定され,人事評価の対象となる。そこでも判断基準は「コアバリュー」と「顧客評価」だ。
これらによりザッポス社員は,一人一人の個性を生かした流儀で,常に考え行動することが身についている。これがザッポスの強みの根源にあるものだろう。
会社のためという大命題のもとに,管理と規則にがんじがらめになり,管理職は適正な判断ができず,顧客はあきれて離れていくという,大企業の共通課題を解決するための最高の学習材料がここにあるのではないか。
トニーの口癖は 「みんなが毎日工夫して1%成長すれば,会社は大変な成長をとげることになる」 というものらしい。ザッポスは創業10年の会社で,リスク管理などまだまだ不十分な点は多分にあるだろう。しかしそれを補ってあまりある 「明日の会社像」 がここにあるのではないだろうか?
【関連記事】
- ザッポスシリーズ,連載内容になっていますのでぜひ通してご一読ください。
第一話: 「米国ザッポス「顧客にWOW!をお届けする」奇跡の経営,その本質を探る」
(2009/12/5)
第二話: 「米国ザッポス「顧客感動サービス」の経済合理性を徹底分析する」 (2009/12/6)
第三話: 「アマゾンが800億かけても買収したかったザッポスの奇跡」 (2009/12/7)
第四話: 驚きの反常識!ザッポス流マーケティングの真髄とは (2009/12/8)
【参考書籍】
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最新の筆者著書です。 『Twitterマーケティング 消費者との絆が深まるつぶやきのルール』