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~攻撃は最大の防御なり~正解のない対策を斜めから斬る

ネットエチケットやマナーは、絶対に必要と思う。が、何ができるのだろうか?

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ネチケット(ネット上のマナー、エチケット)を教育要項に組み込むべき、と思うを拝見しました。

人間というものは意外に心の底に拭いがたい悪意をもっていて、親しみ慣れた表現方法、つまり直接面と向かうような(口頭での)コミュニケーションでは、自分でも気がつかない心の闇がにじみださないように気をつけて、制御できるものなのだが、どうもネットのように新しい手段を手にしてみると、その辺の制御がまだまだできないものらしい。自分のブログだからうっかり筆が走るのだろうけど、それを多くの人が見ていることをもう一度考えるべきだろう。仮に無記名の書き込みとしても、さまざまな手段により、ある程度個人の絞り込みが可能なだけに、自分の小さな悪意(誰にでも潜む、あなたにも、そして僕にも)を隠し通す努力をしていかなくてはならないと思うのだ。

私が中学生の頃、ファミコンブームが起きました。それまでは、ゲームセンターでしか遊べなかったゲームが、うちのテレビで好きなだけ遊べる!凄いことだと思いました。なんと言っても、マリオブラザーズ!でした。今では普通のことになりました。携帯でパックマンが出来るのを見たときは、感動すらしました(笑)。ゲームの話じゃななかったです。

が、最近では・・・すべてはゲームの中にあるのか?たまごっちのように、リセットすればOKなのか?・・・なんて、疑問を持ってます。

近年のコミュニケーションのあり方にも疑問を持っています。インターネットがすべて悪とはおもってません。

当初メールが使えるようになった頃は、電話しかなかった時代と比べて、便利だと思いました。電話だと、その瞬間の相手の都合が見えません。メールならば、必要な事を伝えることも出来るし、話す必要があれば折り返し連絡が欲しいと伝えれば良かったからです。こんなに便利なものがあるのか?海の向こうにいる人にまで送れるなんて!な~んて感じてました。

が、しかし、メールでも必要なこと以外も書きますし、それが引き金になりトラブったことを何度も経験しました。

が、必要な事でない部分のほうが、より大切なことも十分にわかっているつもりです。

実際に、何気ないメールの言葉に励まされたり、気にしたり、一喜一憂をしてしまいます。電話ならば、その瞬間に出なければ居ないことはわかりますが、メールだと送信した瞬間から、送った側はメールが返信される、つまり受信をひたすら待つだけです。電車の中でよく見る光景は、地下鉄だと駅に着く度にメール着信チェックをしている人を多く見受けます。

最近でも、電話を掛けた場合に、最初に「今電話OKですか?」と聞く人が少ないようにも感じます。いきなり機関銃のような話をしてくる人もいます。見える相手とのコミュニケーションでも、こんな感じです。

一番良いのは、直接会って話をすることですが、いろんな環境の中では、難しいこともあります。次に電話になるでしょう。その次にやっとメールが来るのではないでしょうか?

私も出来るだけ気をつけていますが、文章を書く場合は、ちゃんと見直したり読み直します。メールだとあまりしないです。つい話すような言葉で、書きつづってしまいますが、それは形として残ります。書くときの気分で内容も変わりますし、読むときの気分でも受け取り方に違いがあると思っています。

直接会って話すのであれば、表情や感情もわかりますし、何か誤解があったとしても、その場でどうにかなるものです。

メールに顔文字が必要なのは、その言葉の感情表現をするための補助的な役割だと。。。

インターネットには、光も影も存在してます。小川さんが言うように、悪魔もいます。悪魔はネットの中にも自分中にもいます。その見えにくいところに潜む、悪い部分を知らなければなりません。

しつこいようですがメールでも会話でも、一番重要な事は、なんてことはないムダ話だと思っています。エクセルが相手なら計算式を何度させても良いでしょう。計算命令を出すだけです。人の場合は違いますね。例えば必要な用件だけでは無味乾燥してます。味気ないです。その人となりも見えません。私には退屈でたまらないです。

結局はお互いの関係の中に、いるのではないでしょうか?バカボンパパのセリフに「ママがいるからパパなのだ」と。。。これって実は深い意味があります。相手がいなければパパでないですし、これって関係性ですよね。

ある心理学の実験に、1人っきりになる実験がありました。正式な名称は思い出せないのですが。。。1人きりになると、話相手は誰もいないので、自分だけの世界と言うか、それしかありません。。。最終的には、自分が勝手に作り出した世界、幻覚を作るそうです。幻覚も幻聴もあるようです。結局、1人ではいられないって事だと思っています。

インターネットの影部分は、この中間に位置するのではないか?と思います。中途半端な間で、今までに経験したこともなく、どうすれば良いのか?誰もが戸惑っている事だと考えています。

インターネットというフィルターを通すと攻撃的になる人、匿名だから何でもアリ・・・倫理道徳のことで、インターネット以前の話だと思っています。

私が子供の頃、近所のウルサイ頑固じいさんや、ガキ大将のあんちゃんに、色々と教わったものです。怒られたことも勉強になりました。

今一度考えてみます。ありがとうございました。

Comment(4)

コメント

affox

>>最近でも、電話を掛けた場合に、最初に「今電話OKですか?」と聞く人が少ないようにも感じます。いきなり機関銃のような話をしてくる人もいます。見える相手とのコミュニケーションでも、こんな感じです。

お恥ずかしながら、私もバイト先で教わるまで「今電話いいですか?」という一言を言わずに話を進めていたくちでした。技術が進歩して省略する部分がでてくると、その部分を学ぶ機会がなくなってしまうんですよね。

いいわけですね。すみませんmOm

affoxさん。コメントありがとうございます。新倉です。
教えていただいたことを、次に繋げていくのが、教わった方や先輩方への礼になると思っています。
機会は少なくなってるかもしれませんが、1人でも多くの人たちが機会を作れば。。。と思います。
ありがとうございました。

ぴんくさーもん

>最近でも、電話を掛けた場合に、最初に「今電話OKですか?」と聞く人が…

電話には電話の問題がありますからね。プッシュ型メディアの暴力性とでもいうか。
着信音が鳴ると、ひとまず電話に出なければならない、という強迫観念がおそってきます。多少コチラの都合が悪くとも。相手によっては「今電話OKじゃねえよ」と返せない場合も多々あり。
メールが好まれるのも、受け手の事情に配慮しやすいから。こうした点はもっと強調されて然るべきなんですけどね。新聞、TVなどの従来型メディアとネットの比較も然り。

ぴんくさーもん、さん。コメントありがとうございます。新倉です。
いずれも”その特性”があるので、使い分けるためのリテラシーが必要だと思っています。この特性は技術的な話じゃないです。媒体の特性ですね。相手の手の内エリアに入り込める機器だったりするので、要注意だと。
>相手によっては「今電話OKじゃねえよ」と返せない場合も多々あり
最近は、電話の電源を切るようになりました。電話にもマナーモードにいろんな種類があり、ブルブルにしておくと、相手に気を使わせてしまうので、結局、切るようになっちゃいました。もっとも原始的方法ですが、だからこそ。。。なんです。

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