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夏目房之介の「で?」

福元一義『手塚先生、締め切り過ぎてます!』

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福元一義『手塚先生、締め切り過ぎてます!』(集英社新書)を読みました。
福元は、少年画報社の編集者として手塚、福井英一らを担当し、マンガ家となり、手塚のアシスタントとなり、長くチーフを務めた人で、マンガ史的にも貴重な証言を含む著書だと思います。記憶が正しければ、たしか元は手塚治虫ファンクラブの「手塚ファンマガジン」に連載されていたものですね。
月刊誌時代のマンガの現場の話、70年代の急激な変化と産業化の波の中で、手塚のマンガ制作も様々な省力化を進めていった挿話など、手塚の超人的な仕事ぶりのほかにも、多くの興味深い証言があります。講談社の手塚全集企画が進行してゆく過程なども、手塚の思い入れが表紙にあらわれた話など、面白いです。

ただ、ひとつ気になるのが『新宝島』の全集版についての記述です。

少し詳しい人間であれば、酒井七馬原案になるこの作品が、全集版では手塚によって全面的に描き改められ、コマ構成、描線、あらゆる点で初出単行本と異なることは知っているはずです。「手塚ファンマガジン」でも、そのことは書かれているし(Vol.220)、何より手塚自身が全集版あとがきで〈リメーク〉であることを詳細に書いている。つまり周知の事実です。『新宝島』の初出が、小学館クリエイティブの復刻シリーズによって、ようやく古本以外で見られるようになった現在、ふつうにその異動は確認できます。
にもかかわらず、この本では手塚が初出単行本をアシスタントに渡し、それをトレースして原画を起こしたように書かれています(116、136P)。ぎりぎりの段階で手塚が〈「『新宝島』の最終部分の話を変えますので、切り貼りをします」〉と宣言し、〈キャラやコマを手際よく切り、原稿用紙に乗せて〉いったとの記述(140P)はありますが、実際は冒頭から完全に描きなおされており、一体どこで、いつそうなったのか、この本からは読み取れないのです。
なぜ、そうした書き方を今更したのか、ちょっと理解に苦しむところです。

長く手塚さんと一緒に仕事をされた方だけに、亡くなる前後の手塚の体調や亡くなったときの記述は胸に迫るものがあります。手塚と戦後マンガ史にとっても興味深い、面白い本だけに、僕などは少し残念な気がしてなりません。

※竹熊さんが「たけくまメモ」で、このエントリについて書かれています。
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/

僕も、おそらくここで書かれた「単行本からのトレース」は事実あったろうと思います。
問題は、そのあとでいかにして現在の全集版に変化したかです。手塚本人が、アシスタントたちとは別に行った可能性もあるかな、と。だとしても、そのことははっきり知られたほうがいいでしょう。いまだに安易な報道やTVなどでは、初出の形であるかのようにして全集版の図版が流れ、海外の紹介などでも同様の間違いが起こるので。

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