人が自分をどう思うか悩まなくてもいい理由
「私、絶対あの人に嫌われていると思うんです」
知人が、ある人から嫌われていると悩んでいました。そして「嫌っているはず」という人が意外な人物だったので驚いたことがあります。
でも、他人の心の中は本当に分かるものなのでしょうか?
ある絵画教室で、同じ「赤い」リンゴを描いていたのを見た時に、1人1人まったく違う配色だったことがあります。
人によっては青みがかっていたり、茶色だったり、黄色っぽかったり...。
私が赤く見えているリンゴが、他人も赤く見えているとは限らないようです。
さらに、絵の具のクオリティや、描き手の技術・体調も影響しますので、実際に描かれるリンゴが果たしてその人の頭の中にあるリンゴと本当に同じかどうかも分かりません。どう見えているか科学的に証明する手段もありません。
このように、実際に置いてあるリンゴでさえ見え方が違うのですから、他人の心の中は分かりようがないのです。
教育学者の田端健人氏は、「心理学的に他人の内面を知ることは疑問の余地があり、安易に他人の内面を判断することは危険」と警鐘を鳴らしています。
臨床心理学者で心理カウンセラーのロジャーズも、「他人の内面を知ることを確信しているわけではなく、出来るだけ内面を知ろうとする努力目標程度のものでしかない」と言っています。
専門的なトレーニングを積んだ心理カウンセラーでも他人の心は分からないのです。
本人に直接確認してみても、本当のことを言うか定かではありません。
そもそも、その人は何も考えていないという可能性もあります。
「嫌われているのだろうか?」と心配しても本当のことは分かりません。だから心配する必要はない、ということです。
「こんなに頑張っているのに、皆が理解してくれない」という悩みも同じことです。
他人は他人の心の中を理解するのは限界がありますから、そもそも「理解してくれない」と悩むのは時間のムダです。
大人は経験からくる思い込みや前提を持つため、他人に対して「この人はもうダメだから」「この人はやる気がないから」と決めつけてしまう傾向があります
決めつけはやめて、「人はそれぞれ見え方が違う」という事実を知り、中立的に思考するクセをつけていくと良いのではないでしょうか?そうすれば可能性の萌芽を摘み取ることはなくなります。
今、フェイスブックなどSNSの影響もあり、社会全体が「好きか、嫌いか」に偏りがちです。
思考のギアをニュートラルに保つことのできる大人が増えれば、精神的に平静な状態で思考が行われるようになり、社会はもっとより良い方向に成長(変容)していけるのではないかと考えています。
【参考文献】
田端健人『教育関係における他者の受容:マルティン・ブーバーによるカール・ロジャーズ批判から』宮城教育大学紀要 第49巻 (2015年)