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ライフワークとしての学びを考えます。

5人に1人がマネジャーに適応できないわけ

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マネジャーになったばかりの山田さんが落ち込んでいました。
「私、山田さんと違いますから。自分を基準にしないでください」と、メンバーから言われたそうです。

山田さんは、優秀なプレイヤーとして鳴らしたカリスマ営業でした。

「レベルが低い。できる人がいないんだよ。まったく、使えない」と山田さんは言います。

リクルートマネジメントソリューションズによれば、
「マネジャーになると、5人に1人はマネジャーに適応できておらず、残りの多くも最初は問題への対処方法が分からない」
「プレイヤー時代の成功体験は、マネジャーになったときネガティブに作用することが多ため、マネジャー業務に持ち込まず、一から始める必要がある」
とのこと。

確かに、成功体験を押しつける山田さんのようなケースは多いのかもしれません。

しかし本当に「一から始める必要がある」のでしょうか。

私は、仕事でトランジションするときには、「意識的に捨てるもの」「必然的に保留するもの」があると考えます。

山田さんが「意識的に捨てるもの」とは、営業プレーヤーとしての価値観やふるまいです。プレイヤーとしての成功体験からくる意識が捨てられず、部下の行いに手を出しがちとなり、部下の成長を阻害することが多いのです。

一方で、山田さんが「必然的に保留するもの」は、プレイヤーとして無意識にできる(身体知化された)もの。たとえば、お客さんの話しを聞いて理解できる力や、複雑な状況を分析して分かりやすく構造化する力などです。

これは、人生の岐路で自分を活かそうとするときにも必要な考え方です。

「週刊モーニング」で連載中の「グラゼニ」というマンガがあります。
ピッチャーの凡田夏之介は35歳。ピッチャーとしてあとがない年齢です。そこで普通のピッチャーはなかなか投げることができない「ナックル」という無回転の変化球を投げるナックルボーラーへと転身を図るのです(イマココ)。
夏之介の場合はこうなります。
「意識的に捨てるもの」は、訓練により身につけた反射神経に刷り込まれているフォームです。
「必然的に保留するもの」は、経験を重ねた結果得られた、試合で相手と対峙する際の研ぎ澄まされた感覚などの身体知化された知恵です。

これは環境の変化に対して生き残り、成長(変容)するための、自分の知恵を組み直す作業なのです。

作家の塩野七生氏はこう言います。

大切なのはまず自分たちが置かれている状況を正確に把握した上で、次に現在のシステムのどこが現状に適合しなくなっているのかを見る。そうしていく中ではじめて「捨てるべきカード」と「残すべきカード」が見えてくるのではないかと、私は考えるのです。
(塩野七生『ローマから日本が見える』より)

塩野氏の言う「捨てるべきカード」とは「意識的に捨てるもの」であり、「残すべきカード」とは「必然的に保留するもの」です。

元プロ野球選手・監督の王貞治さんは、現役時代、数々の日本プロ野球記録を持つ超一流プレイヤーでした。
引退後、巨人軍監督に就任しましたが、プレイヤーとしての自信から周囲の助言を聞かず、良い成績が出せませんでした。しかし、ホークス監督時代に球団上層部から「選手と監督は同じ人間。分け隔てなく対話すべき」と諭され、考え方を変えたといいます。その後は人の意見を聞いて選手の育成に力を発揮し、ホークスを強いチームに育て上げました。

王さんの場合はこうです。
「意識的に捨てるもの」は、超一流プレイヤーとしての高いプライド。
「必然的に保留するもの」は、プレイヤーとして培ってきた知恵。正義感の強さと、誠実で周りの人に気遣いを欠かさない人間性。

人が新たな境地で自分を活かすためには、成功体験をそのまま通用させるのではなく、一から始めるのでもなく、「意識的に捨てるもの」と「必然的に保留するもの」を考えていくことが大事なのです。

 

【参考文献】
リクルートマネジメントソリューションズ『マネジメント人材育成ブック 6つのテーマから考える』(2016年)
塩野七生『ローマから日本が見える』集英社文庫(2008年)

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