「試作品を棒で倒してダメ出し」 ”ソニーらしさ”とは何か
数年前の夏休み、知人のお宅にお伺いしたときのこ。奥様がソニーのオーケストラ団員で、本番に向けての練習に励んでいるとおっしゃっていました。
「どこで演奏なさるのですか?」とおたずねしましたところ、「大賀ホールで」とおっしゃいます。
「大賀ホール」は、軽井沢にある5角形の形が印象的な音楽ホール。
元ソニー社長の大賀典雄さんが、退職金を全額寄付して作られたホールです。
大賀さんは元バリトン歌手で、芸大では同期だったピアニストの奥様と、退職金の使い道について話しておられたところ、奥様が若い頃軽井沢にピアノのレッスンに通われていたとのご縁で、「軽井沢に音楽ホールを作ろう」ということになったのだそうです。
そんな話しを聞くと、やはり大賀さんは、芸術家としての可能性を広げられた存在なのだということを改めて感じずにはいられません。
「美しいか、美しくないか」という「美」に関する感性を究極まで磨き続けた人だからこそ、「退職金を全額寄付する」という行いにつながったのではないかと想像しています。
大賀さんは、ソニーの経営者になる前は、広告部長とデザイン室長を兼務し、現在のソニーブランドの礎を築いた人です。
最初は木目調の家具のようなデザインだったオーディオ機器を、今は当たり前の黒と銀色を基調とした「ブラック&シルバー」と呼ばれる色使いを持ち込んだのも、大賀さんだったのです。
そこはアップルのジョブズも変えることはせず、iPhoneでもMacBookでも受け継がれていることは、実は偉大な功績だと思っています。
大賀さんがデザイン室長を務めていた頃は、社長にOKをもらうよりプレッシャーのかかることだったそうです。
当時定期的に行われていた会議では、なんと、大賀さんは試作品を棒で倒して「ダメ出し」していました。
2014年9月9日の「日経ビジネスオンラインにて、「『ソニーのデザイン』に残る”大賀イズム”平井社長は現場の奮闘に応えられるか」にその様子が書かれていました。
・・・・(以下引用)・・・・
デザイン会議における、大賀氏のエピソードの極め付けが、これ。机の上に、並べられたラジオなどの試作品を、長い棒を握りしめた大賀氏が一通り眺め、「デザインがなってない」と判断した製品を、無言のまま棒でつついて倒していったこともあったという。
倒された製品のデザインを手がけた担当者は落胆しつつも、「このひどい仕打ちは、大賀氏の製品デザインに対する愛情の裏返し」と理解し、次に向けて奮起したそうだ。
大賀氏は1961年に、それまでは事業部ごとに分散していたデザイナーをかき集め、社内横断組織となる「デザイン室」を立ち上げ、自ら室長に就任した。声楽家出身という異色の経歴を持ち、自分のデザインセンスに絶対的な自信を持っていた大賀氏の陣頭指揮で、ソニーの製品デザインは飛躍的に向上したと言われる。
・・・・(以上引用)・・・・
音楽のレッスンでの理不尽なまでの厳しい「ダメ出し」は、音楽家にとっては子どもの頃から当たり前。この大賀さんのダメ出し方法は、つい、師匠と弟子のレッスン風景を彷彿とさせて、苦笑いしてしまいました。
大賀さんは、芸大出身で理系でも文系でもない異色の経営者でしたが、じつは、自分でラジオを作ってしまったり、飛行機の操縦もこなすほどの”理系脳”の人でした。
そこに、アーティストとしての絶対的なセンスへの信頼感が加わったららこそ、その厳しい指摘にも現場の方々は奮闘したのだと思います。
ある経営者が、「これは何か筋が悪い」と言って実行しないとき、「何がよくないのですか」という質問に、「それは、美しいか、美しくないかだよ」と言っているのを聞いたとき、なるほどと思ったことがあります。
一昨日のソニーの会見でもあったように、最終赤字2300億円、初の無配。
苦しい状況に追い込まれているソニー。
このことが良い機会となり、あらためて「ソニーらしさとは何か」を見直していただきたいと祈っています。