注目されれば気持ちいいでしょう? 幸せでは人の心をゆさぶるようなものはできない
「深い悲しみを内包していなくては人を感動させることはできない。」
ピアニストの宮沢明子さんが言っていた言葉が心に残っています。
そして、「マルタ(アルゲリッチ)は有名になったけど、若くしてお金持ちになっちゃだめ。ショパンコンクールで離婚したばかりで乳飲み子を抱えて臨んだ最終選考のショパンのピアノコンチェルト第一番は『なんとしてでも一位でなくては』という気持ちが入ってミスタッチも多かったけど、最高の演奏だった。」というようなことを書かれておられたのを覚えています。
そして、アルゲリッチ自身も、そのときの演奏は「自分にとっての最高の演奏」と言っていたのを聞いたことがあります。
宮沢さんは、特に人の心に訴えるようなバイオリニストの音は、幸せに満たされていたのでは出せないと言います。
バイオリニストの五嶋みどりさんは幼いころ親子二人で渡米。お母さまと二人三脚で大変な苦労をしてアメリカの教科書にも載るような伝説的なバイオリニストとなったのです。
しかし節さんは、あるドキュメンタリー番組において、コンサートで拍手喝采を浴びる幼い面影の残るみどりさんの姿を舞台ソデから見て、突き放したように「注目されれば本人も気持ち良いのではないですか」と、大変冷静に語っておられたそうです。
なんという「見えている人」なのかと思いました。
2012年8月28日日本経済新聞にて「アジア発、世界に羽ばたく才能」と題された記事が掲載されていました。
今、中国の音楽教育の充実から、多くの若いピアニスト、特に10代前半のアジアのピアニストが世界的に活躍しているのです。
注目されている日本の牛田智大さん(12歳)は、中国の上海でピアノ教育を受けています。そして中国の15歳牛牛(ニュウニュウ)さんは10歳でEMIクラシックス専属契約、世界的なデビューを飾っています。
以前、日テレの「ZIP!」に、牛田さんが紹介されていたことがありました。スタジオで他の人たちは驚いていたのに、山口達也さんだけが微妙な表情だったのを覚えています。芸能界でも若い方の才能をたくさん見てこられたのでしょう。
その表情から「これからが大変だよ」そんな声が聴こえてくるようでした。
コンクールとは若い才能ある人を発掘する目的があります。だからそこで栄光を勝ち取るのは、たいていは10代後半から20代前半の若い演奏家。
ショパンコンクールやチャイコフスキーコンクールなどの世界有数のコンクールで優勝すれば、たった一晩の演奏で、あっという間に世界のスターダムに登りつめる。
究極、世界が求めるのは「神童」。
神の子です。
私たちは、あの人類史上最も素晴らしい天才、250年前に起こったあの神童モーツァルトの再来を、現代においてもまだ待ち望んでいるのでしょうか。
人の心をゆさぶるものとは、研ぎ澄まされた感性を持ちながら、人生を重ねて、悲しみも喜びも味わいつくして、醸成され昇華されて、初めて私たちの心に訴えるものなのだと信じています。
大変な時間と忍耐が必要なのです。
だから、どうかゆっくりと見守ってほしい。
そう願わずにはいられません。