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ライフワークとしての音楽を考えていきます

巨匠直伝の音楽を今に学ぶ

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やはりクラシックというのは、楽譜に書いていないような良い物を後世に伝えていく伝承音楽であり、伝統音楽なのだということを思いました。
 
2012年8月18日私が運営・指導を行う合唱団コール・リバティストの練習を行いました。
 
この日の夜、全体での練習ではマエストロにいらしていただきました。
 
昔、山田一雄さんという日本を代表するような指揮者のもとで、合唱をやってきたマエストロは、山田先生が表現した音楽のエッセンスを、山田先生亡きあともお伝えくださっています。
 
山田耕筰作曲、増田順平編曲の「青蛙」。
これを山田先生は、繊細で独特のニュアンスを持って演奏していたそうです。
 
例えば、「出水の後の」の部分。
 
「出水~の」までクレッシェンド(だんだん強く)する。そして楽譜には「あとの」の部分にディミヌエンド(だんだん弱く)が書いてあるのですが、山田先生は、そこをスビトピアノ(subito piano=音量を急に小さくすること)で、大変軽い音色で演奏しました。
 
何故そうしたのか。
 
それは、青蛙が現れるような天気、雨の後のカラリと晴れたさわやかさを表現したといいます。
 
マエストロは「これは、山田先生直伝の表現です。こんなことは山田先生でなければ思いつかない」と言います。
 
「楽譜に忠実に」がクラシック演奏家の約束事でもあるのですが、人によっては、自分ならではの表現をするために、少し手を入れる場合もあります。
それは、誰がやっても成功するというわけではありません。下手にセンスのない人が、自己主張のためだけに変わったことをしたり、目立とうとするためにエキセントリックな表現をすると失敗します。山田先生という天才ならではの感性だからこそ成しえたことであると思います。
 
またそのあとに、アルトが「ル、ルン ルン ルン ルン」と合いの手を入れるところ。ここは、最初の「ル、ルン」を極端に鋭く、そしてその後、元気さを保ちながら自然に減衰していく、という表現をします。
ここも、一見明るい元気さを持ちながら、芸術としては「心が痙攣する」ような、病的な内面性も持つ表現。
これも山田先生風だとおっしゃいます。
 
「山田先生は、最初は何を振っているのか良く分からないのですが、だんだんとその意味が分かってくる。『ことば』が生きていましたよ」
と懐かしそうに語ってくださいました。
 
リバティストでは、他にも、林光さんや、岩城宏之さんや、田中信昭さん、素晴らしい巨匠のもとで演奏されてこられた先生方にご指導いただけ、そのエッセンスを私たちも味わうことができています。有り難いことですね。
 
これからも素晴らしい音楽をしていきたいですね。
 
この日は、他に同じ山田耕筰、増田順平の「からたちの花」より「烏の番雀の番」「あわて床屋」。佐藤眞の「蔵王」より「おはなし」「苔の花」「投げよう林檎を」、ボブ・チルコットの「Irish blessing」を歌いました。

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