クレーマー・クレーマー変奏曲 お客さんが大丈夫と言っても信じてはだめ
家の近所に独創的なケーキを作る店がありました。それはフランス料理の最後に出てくるデザートをイメージしていると言います。
ある日、友人宅に持っていこうと買ったケーキでしたが、開けてみると箱の中にソースがこぼれています。
それは、ケーキの真中をくぼませて、その中にトロトロのソースをのせているケーキ。食べるときにフォークを入れると、まるでコース料理のデザートのようにソースが広がるという仕組みです。
こぼれたのは、もしかしたら移動中、知らないうちに揺らしてしまったせいかもしれません。
当時、料理の勉強をしていたので、ユニークかつ、味も素晴らしいものを作り上げることがいかに大変かということを分かっていたし、その店を気に入っていたので、お伝えしておいたほうがいいかもしれないと思い、電話をしました。
シェフ自らが電話に出てきました。
「こぼれないように細心の注意をはらって包装していて、今までこういうことはありませんでした。いつも買っていただいているのに大変に申し訳ありません!今から代金と、代替のお品を持ってお客様のお宅に直接伺います。」
私は軽い気持ちで申し上げたのが、想像以上の反応に恐縮してしまいました。
いらしていただくほどではないし、味は変わらないので大丈夫だと言うと、
「それでは、最新作をぜひお味見していただきたいので、お店にいらしたときにお名前をおっしゃってください。」
と言ってくださり、最後は気の毒になってしまい、「言わなければ良かったかな」という後悔の念もこみ上げてきました。悪いことをしてしまったような気持ちが残り、結局、お店には行かなかったのです。
その後、知り合いのレストランの助っ人でアルバイトに入ったときのことです。
お客様から、「予約のときに長いもアレルギーと言ってあったけれども顔に湿疹が出てしまいました」というご指摘がありました。
シェフは
「入っていなかったはずですが。大丈夫ですか。配慮が足りなくて申し訳ありません」
と平身低頭謝り、お土産を持たせてあげていました。
「お客さんは怖いのよ。”大丈夫”と言ってくださってもすぐに信じてはだめ。万が一クレーマーになってしまうかもしれない。それにインターネットでお店のことを書かれてしまうと大変なことになるの。」
お客さんが帰ったあとのシェフの言葉を聞いたとき、ふと「あのときのケーキはもしかして・・・」と頭をよぎりました。
最近も、買ったかまぼこがいつもと少し違う味だったので問い合わせたところ、「検査をしたい」とのことでお送りしたことがありました。結局、賞味期限内で悪くなっていたのですが、お店側から申し出ていただいた代替品と代金の受け取りには行かなかったのです。
この頃は、良くないことかもしれないと思いつつ、気分の問題で、何かあっても数百円の単位だったら黙っていることにしています。
とても敏感に丁寧に対応してくださり有り難いのですが、なんとなく過剰に反応させてしまっているようで気が引けてしまうのです。こちらは軽い気持ちで言ったとしても、言われたほうは真剣に受け取るのは当然のことと理解できます。
自分自身も、仕事上のことでご指摘をいただいたらば、真剣に考えます。言ってくださる方はいいお客さんだからです。怖いのは、何も言わずに二度とこなくなる方です。
ご時世もあるのでしょうけれど、消費者相手のお仕事はやはり厳しいと感じています。いずれにしても、真摯な姿勢というのはつらぬかなければなりませんね。
冒頭のシェフは数年間の充電期間を経て独立し、新たな新境地を開き大成功しているとか。二駅向こうですが、行ってみようと思っています。