そのとき天使は舞い降りる ベルリン・天使の詩
あなたの一番好きな映画は何ですか?
と聞かれたら、
「ドイツの映画監督、ヴィム・ヴェンダースの『ベルリン・天使の詩』です。」
と答えます。
冒頭、ピーター・ハントケの「子どもが子どもだったころ・・・」という詩で始まるのですが、その純粋無垢なことばに心が透明になり、すっと物語の中に誘われます。
守護天使のダミエルは、人類の歴史が始まった頃から、世界を見つめ続けてきました。
ある時、ベルリンのサーカス小屋で空中ブランコ乗りの女性マリオンに恋をします。
親友の天使カシエルは、「天使をまっとうすることが大事なのでは」と言うのですが、ダミエルは「この女性を抱きしめたい」という思いから、人間になることを決心するのです。
人間になった元天使で、「刑事コロンボ」のピーター・フォークがピーター・フォークの役で出演していて、温もりのある存在感を感じます。
フォークは、近くにいるであろうダミエルの気配に気がつき、「こっちがどんなにいいか教えてやりたい。素敵な事が山ほどある。 でも君はいない。僕はいる。 こっちに来たらいいのに。 」と呼びかけます。
ダミエルに人間として生きることの楽しさを教えてくれるのです。
そして、ダミエルが人間になったとたん、今までモノクロだった映像が鮮やかなカラーに変わります。
ダミエルが、「Kalt!(寒い)」と、フォークに教わった通り、手をこすりあわせながら、子供のような目をして初めて温かいコーヒーを飲むシーンは見ていて幸せになります。
そして、撮影当時はまだベルリンの壁があり、派手な壁画の前を歩くのです。
苦悩や、絶望や、醜い争いや、悲惨な出来事も見てきた天使にとっても、この世で生きることは色彩と喜びに満ちているのですね。
『いまだ!いまだ!』と感じることが、どんなに楽しいことか。
たとえ永遠の命を失ったとしても、です。
マリオンを見つけて、ライブハウスで出会うダミエル。
初めて会ったにもかかわらず、「夢の中で見たあなたと、こうして出会えてようやく決心したわ。」とマリオンが語るのです。
二人の新しい歴史が始まります。
こんなに美しい愛のシーンは他に見たことがありません。
小津安二郎を尊敬しているヴェンダースらしい静かな流れとともに、心が浄化されるような荘厳な作品となっています。
「すべてのかつての天使 とくに(小津)安二郎、フランソワ(トリュフォー)、アンドレイ(タルコフスキー)にささぐ」
という最後の字幕。もう何度みたことでしょう。
ヴィム・ヴェンダースは、他に「パリ・テキサス」という傑作もあります。
こちらは、アメリカでの撮影になるのですが、ナスターシャ・キンスキーのあまりの美しさ、物語の奥深さ、映像の素晴らしさ、心に染み入るライ・クーダーのギターに惚れこんでしまいました。
愛するものを見つけ、存在する意味を見出したとき、天使は舞い降りるのですね。
となりにいるこの人は、もしかしたら天使だったのではないかと、ふと思わせる現代のメルヘンです。
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