ビジネスとITの密接な連携 - 東京海上日動システムズとリクルートテクノロジーズの事例
「ビジネスとITが一体化している」「ビジネスとITの密接な連携」とよく聞くようになりましたが、具体例が挙げられていることはそれほど多くないと思います。東京海上日動システムズ横塚氏、リクルートテクノロジーズ米谷氏、Publickey 新野氏によるトークセッションの内容がその具体例を示していると思いましたので本エントリで紹介します。あわせて、その状況に対応するための開発体制、手順をお話されていて興味深く感じました。現実に即した裏付けのある工夫で説得力があります。
2012/10/30にIBM Innovate2012のスペシャル・トーク・セッションとして実施された。ユーザ登録すればここから動画を視聴できます(画面左側の再生ボタンのアイコンが表示されている画像をクリックします)。当日私は会場に行けなかったので動画で拝見して本エントリを書きました。
横塚氏は社長、米谷氏は執行役員でありCTOで、ビジネスに合わせてソフトウェア開発や開発体制(組織)をどうデザインするか、ITでどうビジネスを支援するかという視点で話をなさっています。ITとビジネスという視点でそのような話はなかなか聞けないので貴重だと思っています。横塚氏の記事は情報処理学会の会誌をはじめとして様々なところで拝読し、興味深いと思っていました。米谷氏はXDev2011というカンファレンスでご一緒したときにご講演を拝聴し、いろいろ考えてらっしゃるなぁと思っていました。新野氏の記事は普段からよく読んでおり、パネルディスカッションをご一緒させていただいたこともあります。お三方の組合せは私にとって非常に興味深いものでした。
詳細は動画をご覧いただくとして、ここでは私の印象に残った点をテキストにしました。動画は、新野氏の進行や補足説明がわかりやすく、他の作業をしながら視聴しても十分理解できます。お二人の人柄が伝わってきたりクスッと笑える部分があったりしました。
ITとビジネスの連携が強まっているということの具体例は下のとおりです。2社の背景、事情、状況(コンテキスト)といえます。
東京海上日動システムズ
保険を売る。いい商品を作れば売れるという時代は終わりつつある。ビジネスが早く変わっている。ビジネスサイドの論理だけではいいビジネスができずITなしではやっていけない。SEの役割が大きくなっている。
お客も情報をたくさん持っている。お客が詳しくなったことに合わせて、代理店もそれに対応しなければならない。様々な選択肢をお客に見てもらってその場で選んでもらわなければならない。1つの保険の組合せを単に提案する形ではなくなって電卓と紙だけではうまくいかなくなっている。「弁護士は親戚にいるから弁護士特約はいらない」等、細かい要望にその場で応えて組み立てていかなければならない。現在はタブレットでお客に見てもらいながら保険を組み立てていっている。
タブレットの開発をしているが実績はまだ少ないので、要求仕様がなかなか書けない。作りながら考えていくしかない。IFRSも同様で、一見カタい話に聞こえるが、タブレットと同様で新しいことをやるときには作りながら考えていくしかない。
リクルートテクノロジーズ
SUUMOやゼクシィをはじめとする情報誌や情報サービスを売る。営業の人的コストよりもITシステムにかかるコストのほうが大きくなっている。スマフォからのアクセスが急激に増えてきている。競合がスマフォを強く押しているものもあれば、あまり競合がおらず、紙からゆっくりとネットに移行しているものもある。ITのソリューションは定型のものを作っておいて、情報誌のほうがそれに合わせていっていたが、今は個別にITソリューションを用意している。
上述の状況だけでもITとビジネスが切り離しにくいものになっていたりスピードが大事になっていることの具体例を知ることができ興味深いと思いました。さらに、トークセッションでは、このような状況で2社がどういう対策をとっているか紹介がありました。ビジネスとITを密接に連携する上で組織体制、開発手順、組織風土に言及する経営陣は少ないと思います。明確な理由を示しながら「~だから…の体制、手順にしている、~という風土を目指している」というお二人の話は興味深いものでした。以下にその一部をピックアップしています。横塚氏の「安定していて枯れたものを好む傾向を和らげる」「サイクルを速く回すときにはクオリティにも影響があることをビジネス部門とも握る」というお考えに共感しました。
東京海上日動システムズでの対策
過去は「トラブル/生産量」の極小化を品質としていた。今は、「(効果/生産量)Xスピード」とし、初めてのことに挑戦しながら毎日、進化することを目標としている。新しいことにチャレンジしないと改善していかないと考えているから。管理職は枯れた技術で失敗しないようにする傾向があるので、新しいことにチャレンジすることを促すような雰囲気作りを心がけている。
ビジネス戦略からIT戦略を作り、その上でソリューションを作っていくという一連の手順をビジネスプロセスとして定式化したい。サービスとなった瞬間に「現場がんばれ」となって組織体制やビジネスプロセスの話が放置されてしまう。ビジネスプロセスをモデル化していく必要がある。同時にエンジニアがビジネスに寄っていくようにする。
ITとビジネスがかなり融合して、もし失敗が起きたとしても業務部門がIT部門を責めてもしょうがない状況になっている。逆にITのほうも業務部門が優先順位を急に変えると言ったら、それに応じなければならない。
リクルートテクノロジーズでの対策
難易度別に体制を用意している。難易度が高く工数が大きいものほど効果が大きい。先進的な競合が多いエリアでは、難易度が高いものを採用している。紙での配布が強いエリアでは難易度が高くなく工数が低いものを採用している。
高速にイテレーティブに開発するとミスが増える可能性をビジネス側にも伝えておく。どのようなサービスも均一にスピードを上げるのは難しい。失敗を責めると速く対応した人が萎縮してしまう。
手痛い失敗に関しては、勉強会を開いてどこでどういう判断をして失敗したかを振返っている。ビジネス側のトップにも参加してもらい失敗を次に活かせるようにしている。
本セッションが私にとって興味深く印象に残る理由の1つは、ソフトウェアとビジネスの現実を直視し、適切な対応をとろうと検討し具体的に行動されている社長、役員クラスの方がいらっしゃること、しかも外部でその取組みを紹介する志の高さなのではないかと思います。
Innovate2012のイベントの1つ前のセッションに渡辺氏の基調講演がありました。動画でそちらも拝聴したのですが、蓄音機からはじまる音楽再生機の変化、切符から電子マネーへの変化、電卓レベルの計算機からコンピュータへの変化の話があり、短期間で大きな変貌を遂げていることを示すわかりやすい話がありました(こちらのページから動画を視聴できます)。当日は、渡辺氏のセッションの後に本エントリで紹介しているトークセッションがあり、イベントに参加された方にとって非常にわかりやすい構成だったのではないかと推測します。