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計測できそうでできない多くのこと。エンピリカル(実証的)アプローチで。

その作業は最終的な価値や品質に結びつきますか?

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きれいに整理され、見た目も美しいドキュメント作成に時間をかける、やるべきことを細かくリストアップし、全てを計画どおりに実施する、とにかく最高の状態に仕上げる、というのは私を含め日本人にとっては気持ちの良い作業で美徳と感じる方も多いと思います。

やるべきことがガチッと決まっていてあまり変わらず、上のような作業が最終的な価値や質の向上に結びついている場合には大きな効果を発揮しますが、場合によっては単にたくさんの作業をこなしているだけで最終的な価値や質の向上には結びついていないということもあります。

事前に計画してから実施している場合であっても、本当に最終成果に結びつくような活動をしているかどうかを常に意識することは、意外と難しいのですが大事なことだと思います。作業の積上げが大きい場合にはなおさらで、いったんやってしまうとなかなか後に引きにくくなることもあるため、短い周期で振返り、必要であれば軌道修正していくことが大事なように思います。

ご自身のソフトウェア開発においても最終成果と現在の作業の関連を見直さなければならない状況に出会ったことはないでしょうか。何年か後に再設計の可能性のある部分で特に求められていないのに、ひたすらリファクタリングをしていたり、その部分よりも実行頻度が高かったりソフトウェアのウリになる部分があるにも関わらず、他の部分をテストしていたりという光景はどこにでもあるのでないでしょうか。

また、担当者に限らず、教育と称して長時間にわたる会議やレビューと称してあまり意味のない会議を繰り返してしまっていたり、管理部門やPMOに対する報告書を書くことが主目的になって懸念事項や課題を列挙するだけで解決ができていなかったりということもあると思います。

これらの作業は最終的な成果物の価値や品質の向上に結びつく部分も、もちろんあるので、状況や背景、最終成果物に求められているものを考えずに、適切、不適切の判断をすることはできないことが多いでしょう。適切、不適切は誰かが考えるものではなく、時々で作業に関わる全員が見直していく必要があるように思います。見直しは1回目はうまくいかず、あの人ガンコだなぁという感想だけが残るかもしれませんが、数回繰り返していくうちに考えがまとまっていくこともあるように思います。

本来、作業(上述の成果物やドキュメントをブラッシュアップする作業)と同じくらい時間をかけて、計画や合意、見直しをしないといけないはずですが、意外にさらっと決まっていたり、とりあえず書いた案が通っていたりということも少なくないように思います。その感覚をもって見直しができるかどうかが最終的な価値や品質に大きく寄与すると考えています。

ご自身や所属する組織やチームでは、メンバの間でそれらを合意したり見直したりするためにどのような工夫がありますか?

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