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計測できそうでできない多くのこと。エンピリカル(実証的)アプローチで。

「世界一のシステムを目指す」「PMたるもの全部把握するつもりで」 東証・富士通のarrowhead開発PMのミニパネルから

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イノベーションスプリント2011というカンファレンスに参加した。基調講演は野中郁次郎先生とJeff Sutherland氏によるものだった。打合せの都合で途中参加になってしまったが、途中から話を伺っても非常に興味深かった。Twitterのタグは#insprで、http://twitter.com/home#search?q=%23inspr からその様子を見ることができる。

基調講演に続くセッションでは、東京証券取引所の株式取引システムarrowheadの開発のプロセス、方法、開発方針を紹介された。私は、このセッションのモデレータを拝命いただいた。arrowhead開発の東証側プロジェクトマネージャ宇治氏のご講演があり、その後、当時の富士通側プロジェクトマネージャ金子氏に合流いただき、短時間ではあるがパネルディスカッションを実施した。

ご講演の中で興味深かったのは、以下のとおり。

  1. arrowheadは高品質であることはもちろんだが、パフォーマンスが高いと世界の市場から取引を集めることができる。
  2. 設計の進捗は要件の充足度で計測する。
  3. 「オークションパターン」として株式売買の実データをパターン化し、要件、設計の確認に使う。
  4. 稼働前2カ月以降に発見された不具合は、不具合の影響と修正リスクとを勘案し、リリース前に修正するかどうか決める。(運用でカバーできる不具合で修正リスクのあるものは、まずはそのままリリースする)

1は性能が高くなるとシステムのビジネス的価値が上がることを示している。

2は原理的には過去にも示されているが11,000件の要件の充足度を計測しようとした点において注目に値する。

3はテスト設計と同時に要件、設計を同時に進めるWモデルを更に発展したものといえるが、実際のデータをテストケースとして使う場合には、網羅性に注意する必要がある。滅多に起こらないパターンを漏らしてしまう可能性があるからだ。分野の特徴を踏まえた選択といえるだろう。

4は修正リスクが大きいときの対処としては妥当だが、十分な信頼関係がないと実際にやることは難しい。

そのあと、パネルディスカッションでは下のようなお話があった。ご講演が比較的ロジカルなものだったのに対し、ここでは熱い思いであったり考え方を知ることができ、セッションの幅が広がったように思う。会場からの質問としてPublickeyの新野氏から「規模が大きなメンバをマネージメントしようとするとどうしても目の届かない部分が出てくると思う。境界があれば、その境界と対応方法を教えてほしい」、とあり、お二人の回答も興味深いものだった。

  1. 「世界一のものを作る」という思いを実現するためにコンセプト作りに時間をかけ、文章化し共有した。
  2. (「金子氏(ベンダ側PM)にはたいへん失礼だが」と前置きされた上で)宇治氏(ユーザ側PM)はベンダ側のPMを部下だというつもりで捉えていた。叱責を受けたときには自分が怒られているつもりであった。
  3. 「PMが問題が小さいうちに兆候に気づかなければ、大きな問題になってしまうことがある。そのため、メンバの性格、コミュニケーションのパターン、変更に伴う承認によって、なるべく小さな工数でそれら兆候をつかもうとした」
  4. 「PMが全部把握できる規模を超えているとしても、全部を把握してやろうという思いがなければならない」

東証arrowheadは稼働後、1年が経つが目立った障害はニュースにはなっていない。個人的には障害がないこともニュースになってほしいと常々思っている。今回のセッションのモデレータを打診いただいたときも、成功をたたえることができるセッションに少しでもお手伝いができたらという思いにあった(もちろんarrowheadに限らず様々なITシステム、ソフトウェアが大々的な成功としてニュースになることは少ないので、これに限らずニュースになっていってほしいと思うし、その一助になりたいと思う)。

結果として、セッションが大規模な開発の仕組み/プロセス(前半のご講演)と開発にかける熱意(後半のミニパネルディスカッション)の2つから構成できたことは私のとって非常に満足のいく結果となった。お忙しい中、お時間を作っていただいた宇治氏、金子氏をはじめ、イノベーションスプリント2011実行委員会の方々、聴講者の皆さまにも感謝を申し上げたい。ありがとうございました。

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