ネット上の利他的行動を、行動形態と行動目的の観点で、歴史的に位置付ける試み
ネット社会になって、OSSやナレッジ・コミュニティ等、様々な分野で利他的行動が多く見られるようになりました。
そこで、現代の利他的行動が、人間社会の進化の中でどのような位置づけになっているのか、行動形態と行動目的の観点で図にまとめてみました。
実はこの図、2001-2002年に修士論文を書いた際に序論部分用に作成したものですが、5年後の現時点で見直してみるとなかなか面白いので、ご紹介します。
下記はこの図の補足説明です。主に西側社会の観点で、非常に簡略化しています。
(1)部族社会:コミュニティの萌芽
人類が誕生し「群れ」が「部族」に発達しました。血縁社会で、平等主義・共有財産制を基本とし、自給自足で生産者と消費者の区別はなく、人々は資源の窮乏を克服するために利他的に行動しました。
リーダーとして酋長が部族をまとめましたが、部族社会はスケーラビリティを持たず、非効率でした。階層構造を導入し、効率的な支配と管理が可能な、より大規模な「国家」との競争に勝てずに、部族社会は次第に衰退していきます。
(2)封建社会:国家の出現
人類は農業革命により人類の歴史的な課題であった「飢え」の克服を図り、食料調達手段は劇的に変化しました。農業のために定住し毎年同じパターンで生活を繰り返すことが文化を生み出し、独自の文明が育っていきました。
農業では多くの人手と作業が必要です。管理・統治する組織として軍隊が、人々の価値観を共有する仕組みとして宗教が生まれ、軍隊と宗教が支配する封建社会へと発展していき、「国家」が生まれました。
階層的な社会構造でトップダウンによる統治が行われ、被支配階級(奴隷階級)の生産物を支配階級が消費する構造が生まれました。
15-16世紀の宗教改革者・マルティン・ルターが「世間の一般的職業は神より命ぜられた他人のための奉仕活動であり、職業を義務と考えて忠実に遂行することが神に喜ばれる唯一の道である」と説いたように、「如何に与えられた自分のミッションに忠実に生きるか?」が個人の人生の目標でした。
(3)工業化社会:企業と労働者の出現
18-19世紀の産業革命で生まれた「動力」は、奴隷を代替しました。奴隷制度の必要性が薄れ、生産・流通手段の所有者としての企業家・資本家と、生産・販売に従事する労働者が生まれ、市民革命により人権の概念が確立していきました。
アダム・スミスが「国富論」で、「各個人が利益を求めて自由に利己的な行動を行えば、マーケット・メカニズムにより全体で調和が取れ、効率的な配分が実現する。つまり、私益を追求することで『見えざる神の手』が働き万人の公共善をもたらす」と述べた『市場システム』の概念は、この時期に登場しました。
つまり、資源窮乏の克服のために、個人々々の利己的行動がマーケット・メカニズムを動かし需要と供給の最適調和を図る、という仕組みです。
市場ニーズにあった商品を提供した商人は多くの富を蓄積し、封建社会の領主をしのぐ力を得て、封建制度は崩壊しました。
(4)大衆消費社会:大衆の出現
20世紀に新聞・ラジオ・テレビ等の通信手段が広く普及し、企業や国家が均質の情報を大衆消費者に届けることが可能になりました。生産が需要に追いつき、消費者に購入を促すためにマーケティング技術が発達し、消費社会が生まれました。消費者は企業が発するメッセージや情報を受動的に入手するようになりました。
資源の窮乏はなくなりましたが、人々の行動原理は基本的に利己的のままでした。人々はより楽しむために利己的に振舞い、大衆文化が生まれました。
(5)ネット社会:グローバルコミュニティの出現
世界がフラット化し、コミュニケーションのための距離とコストの壁は事実上消滅した結果、個人が世界中のあらゆる人々にメッセージを発し、かつ、個人同士で対話することが可能になりました。
消費社会では情報を受動的に受けていた人々は、ネット社会になり、個々に情報をやり取りできるようになったことで、知識・情報の利用や操作能力の保有者として能動的に行動し、協調を通し価値創造が行われるようになりました。
つまり、人々はよりよく生きるために利他的行動を行うようになったのが現代である、ということになります。
このようにして見ると、数千年という長い歴史を経て、人類は再び利他的社会に還ってきたということになりますが、その目的は「資源の窮乏の克服」から「よりよく生きること」へと本質的に変化していることが分かります。
まさに田坂広志さんがおっしゃっている「ヘーゲル弁証法のらせん的発展」が起こっている、ということですね。
一方で、例えばOSSがビジネスの世界に普及してきたことで、当初は利他的行動を出発点としてきたモノも、より実利的な世界に波及し、大きな影響力を持って世の中を変えつつあるように思います。