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 セールスジャパンの経営を始め、様々な事業活動に携わるマイク丹治が、日々仕事を通じて感じていることをつづります。国際舞台での活動も多いので、日本の政治・社会・産業の課題などについて、グローバルな視点から、コメントしていきたいと考えています。

今回は書評!「日本の立ち位置を考える」

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明日ゴルフなので、一日早く掲載します。

現在立命館アジア太平洋大学の教授をされている鈴木泰氏の、晃洋書房から9月に出版された書籍です。タイトルは、エッセイ的ですが、内容はさすがに大学の先生で、様々な書籍・論文などにも言及しており、学術論文に近いものです。ただ、そうは言いながら出来るだけ一般の方にも分かりやすく書こうという姿勢は見て取れます。

主題は、制度政治経済哲学の推奨。と言うと、また分かりにくくなるのですが、要は今我々が生きている社会を動かしている(と思われる)原理原則を、もう一度見直してみる、そして新たな社会で追求すべき原理原則を考えることが必要であり、そのような学際分野を作っていこうというものです。

金融論のご専門なので、最終的にはそこにたどり着くのですが、そこに至るまでに、現代社会に適合した「社会正義」とは、という問いをまず投げかけています。先進諸国における資本主義を福祉国家の理念によって修正していくという形ではなく、それぞれの人民が生を受けたときの条件を平等にして、そこから教育などの機会均等を目指すのはどうか、というのが問題提起です。従来、人類の歴史の中で、基本的人権として挙げられてきた平等の概念に、新たな要素を加えようということでしょうか

次に議論の対象となるのは、市場原理です。ここの部分はちょっと分かりにくいのですが、要は市場の失敗の存在と、市場原理のルーツに思いをいたし、勝者の論理が働く問題点に対して、例えば日本の連帯意識のようなものが、これを変えていく起爆剤にならないかという思いがあるようです。

更に指摘するのは、国際社会における日本の立場。個々の紛争や課題に、現在の国際社会をリードする集団に従って動いていくことが、異なる(つまり例えば軍備を持たない)わが国にとって果たすべき役割なのか?と問いかけます。基本的人権すら守られていない国家などに対して、軍事力を持たないわが国は一体何が出来るのか、国際社会正義と実現するための覚悟を求めます。

そして最後が金融。積極的な投資意欲を持つ投資家の存在する米国とわが国の根本的な違いに言及し、その上で欧米型の金融制度の限界を鋭く指摘、更に互恵の精神のあるイスラム金融の例を引いて、金融と社会の融合を説きます。

個々に見れば議論のある点は多々あると思いますが、評価したいのは、まずは議論を提示したこと。今ある民主主義が我々は当たり前のものと思っていますが、本当に皆が平等なのか?何を平等にすれば一番正義に近いのか、そんな根本的なことをもっと真剣に議論すべきではないか?これが出発点です。多分この中で更に議論すべきは、まさに議会制民主主義のあり方などでしょう。行政も、議会もダメだから、劇場型の事業仕分けが出てくる。これはある意味で直接民主主義なのです。

市場原理が機能しないのも、未だに言われていること。その行き過ぎが、投機的な金融にあまりに依存した国際経済であり、アジア通貨危機やリーマンショックはまだ記憶に新しいところです。このあたりの議論は、最近バージンのブランソン氏が提唱しているB-Teamという概念とか、或いはアライアンスフォーラムの原丈人氏が提唱する公益資本主義にも一脈通じるのかもしれません。

国際社会正義、難しい問題ですが、確かにわが国はカネは出してきたものの、主体的に国際社会に貢献してきていないのは事実です。第二次大戦の戦勝国が牛耳る国連で、何が出来るかという問題もありますが、宗教に縛られないわが国が果たせる役割は必ずあると思います。

金融に至っては、氏の言われる通り、わが国の資金構造に合致しない欧米型の金融システムを導入したことは、明らかに失敗だったと言わざるを得ません。イスラム金融については、必ずしももろ手を挙げて素晴らしいということでもないとは思いますが、マイクロファイナンスなどというものが、バングラデシュから出てきたというのも、ある意味その本質を示すものでしょう。

一つ気になるのは、ちょっとわが国の文化や国民を美化しすぎていないか、という点でしょうか?氏が指摘する連帯感や、相互協力の文化は、確かにわが国の特徴であった時代もあると思いますが、残念ながら現在は責任感のない自由主義の下、これがかなり後退しているのも事実。このあたりが、実際に実行していくに当たっての大きな障害になるような気がします。

科学技術への依存とか、モラルの低下が、欧米について指摘されていますが、わが国の粉飾決算の多さは「正直」だというには、ちょっと違和感を感じる材料です。そんなことで、いろいろと議論すべき点はありますが、まずは問題提起をしたということ、そこに新たな価値観を提案したということを賞讃したいと思います。そして、是非このような根本に立ち返った議論がわが国の中でももっと積極的に行われ、そして実践に移す人々が出てくることを期待します。

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