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ハーバードビジネススクールの日本スタッフとして働く中で、気づいたこと、感じたこと、考えたことを、ゆるゆるとつづります。

今年のハーバード大学は過去最高の受験者数。そして「内向き」論に対する私見

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ハーバード大学には「HARVARD gazette」という大学新聞がある。おそらく昔はキャンパスのあちこちに平積みされている紙の新聞だったと思うが、ある時期からオンライン配信へとぐぐっとシフトしたらしく、今では毎日メールで大学関連のニュースが届く。
 
数日前の配信ニュースの一つに「今年のハーバード大学への受験は過去最高」という記事があった。35000人を超える申し込みが届き、それは3万人強だった去年と比べても15%の増加、4年前に比べるとなんと50%もの増加だそうだ。一学年1200人なので、倍率は約30倍。
 
大幅な増加の理由に、奨学金の充実をあげていた。所得が低いという理由でいい教育が受けられないという事態を避けるため、この数年ハーバード大学はかなり奨学金を積み増している。例えば年収合計が6万ドル(約600万円)未満の家庭は学費負担なし、18万ドル(1800万円)未満の資産を持つ家庭に対しては学費を収入の10%以上にならないようにしている。 また、工学部への申し込みへの急増(興味深いが理由はよくわからない)と、オンラインでの申し込みの拡充なども理由に挙げている。海外からの受験も着実に増え続けている、とあった。 

 

ひるがえって日本では、「海外に留学する日本人が減っている」という記事を最近よく目にする。きっかけになったのは、ハーバード大学初の女性学長となったDrew Faustが2010年3月に来日した時に言った「現在の学部1年生で日本人はたった一人。受験者が減っているのは日本だけ」という言葉だったように思う。
 
そこからお決まりの「日本の若者内向き志向」論が展開されるわけだけれど、個人的にはどうも腑に落ちない感じがある。内向きでないとはいわない。それはいろんなデータが示すように事実なのだろう。でも「留学」といっても学部への留学、短期留学、大学院留学などといろいろあり、大学院留学も研究のための留学と、ビジネススクール、公共政策・外交大学院、ロースクールといった専門職大学院への留学は、だいぶ色合いが異なるため、いっしょくたに議論するとよくわからなくなる。
 
確かにビジネススクールを例に取ってみると、日本人の留学生は減っている。それは主に、学費から生活費からすべて丸抱えの企業派遣の制度が続々と打ち切りになり、その減少分を個人として私費で留学する学生の増加で補いきれていないから、である。これも別に「若者が内向きになった」せいではなく、日本の雇用環境の変化の影響、という気もするけれども、ともあれ実際に日本人は減っている。 

 

一方、Faustが言っていたのは学部への留学の話だ。私がどうも納得がいかないのは、日本人が海外の大学の学部に行かないのは、今に始まった話ではなく、もともと行ってなかったんじゃないか、ということだ。私が高校生だったころ、いわんやもっと前の時代に、日本の高校に行く高校生が海外の大学に今よりもっと行っていたような印象は、まるで、ない。
 
日本企業が先進国相手にどんどん輸出をしていった時代には、欧米に住む駐在員が増え、自然な結果として現地の高校に行く日本人の子供の数も増え、それならば大学もそのままそこで、というようなケースが多かったのではないか。当時の若者が外向きだったからではなく。

日本企業の成長もひと段落し、そして企業も現地化・現地採用を促進する中で、駐在員の数は全体的に減ってきているのだと思う。しかもマーケットが先進国から新興国へとシフトするにつれ、欧米駐在の人の数はますます減ってきているのでは。その必然の結果として(つまり若者がここ近年で急に内向きになったというわけはなく)アメリカの高校、そして大学に籍を置く日本人学生も減少傾向、というだけのことなんじゃないかと思っている。(注:具体的なデータ的根拠は一切ありません...) 

日本にいて日本でよいと言われているものをやったとしても、人生にとっての何の保証にもならないことを、誰もが気付き始めている時代だ。私が高校生だったころには聞いたこともなかった「東大よりハーバードに行こう」なんていうことも言われるようになっている。しかもこれだけ豊かになり生き方も多様化してきた。だから逆に、これから、日本の高校から海外の大学に直接入る人が増えていくのでは、というのが個人的な推測だ。実際に少しずつそういう高校生が出てき始めていると聞いている。

アメリカではなく、中国とかインドとかバングラデシュとか、膨大な人口を抱え、大きな変化が起こり、その変化が世界をも揺るがしていくような国に留学をする人も増えるだろうから、ハーバードやイェール大学への日本人留学生が増えるということにはならないかもしれないけれども。

 

なお、やはりハーバード大学にはすばらしい教育と人材育成の仕組みがあるそうだ。「マイケル・サンデル先生は確かに素晴らしいけれども,あのレベルの授業は、ごろごろしていますよ」とは、研究の分野で卓越した業績をばんばん出しているハーバード大学の学生の言葉。彼らから話を聞くたびに、一体自分が受けた大学教育とは何だったんだ、この4年間の違いは、学費の違いなんて一瞬でふっとぶような膨大な違いを人生に与えるよなあ、と深々とため息をついてしまったりする。

もし今、高校生の自分に会えるなら、ハーバードに行くことを考えろ、って言うかもしれないなあ。もちろんもしそうなっていたら、今の私というものもないのだけれど...

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