ハーバードの「世界を動かす授業」のディック・ヴィートー教授が来日しました
大変ご無沙汰しております。一度書かなくなると、書かないことが日常となり、もうそのまま消えてしまおうかとも思っておりましたが、ふと思い立ったので書いてみることにしました。遅ればせながらあけましておめでとうございます。2011年がみなさまにとってよき年となりますように。
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ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)において、学校の知をグローバル化しよう、グローバルな研究・教材開発を進めようという組織で、私の所属する日本リサーチ・センターもその傘下にあるGlobal Initiativeは、現在4人のHBSの先生によって管轄されている。全体統括、アジア太平洋担当、ヨーロッパ・中南米担当、そして昨年新設されたインド担当である。
アジア太平洋担当の先生は、Business Government International Economy(BGIE:発音は「ビギ」)という国際経済や政策を専門とするユニットを率いてきたDick Vietor(ディック・ヴィートー)という教授だ。共著の「ハーバードの『世界を動かす授業』」がベストセラーになり、一気に日本での知名度が上がっているので、ご存知の方も多いかもしれない。
ディックは2000年代半ばの小泉政権時代に日本にやってきて、"Japan: Deficits, Demography and Deflation"というケースを書いた。少子高齢化、巨額の財政赤字、デフレという日本が抱える大きな問題について書いたケースだ。以来、大きなシンポジウムが開催された2007年を除き、中国やインドには頻繁に行くものの、日本には寄り付かなかった。
「何か日本にはっきりといた変化があれば行く」というのがディックのいつものせりふ。環境に興味があるということもあり、政権交代後、民主党がCO225%削減!と力強く打ち出したころには、一瞬説得できそうな空気も漂ったものの、その後何も変わらずただただ全てがあいまいになっていくうちに、来日の話も消えていた。
ところが風向きがちょっと変わった。「ハーバードの『世界を動かす授業』」が売れに売れ(ディックいわく「今まで自分が出した10冊の本の売上をすべてあわせたより売れている」そう)、本の発案者であり共著者の仲條亮子さんの粘り強い働きかけもあり、中国への出張のついでに二泊三日で日本に来てくれることになった。棚からぼたもち。
メディアとのインタビューが主な目的の短い滞在なので、何かリサーチをするという時間的余裕はなかったが、ちょっとでも日本への興味が喚起されることを願って、日本のことについてディックに話をしてもらったらいいんじゃないかな、と思う人たちとの朝食会をセットした。高齢化を単に問題として捉えるのではなく、新たな生産・消費の源として捉え直し社会の仕組みを変えていくという話に興味を示し、"Japan: Silver Growth"というケースがいつか書けるかも、なんていう発言も飛び出した。いい感じ!
11日の夜には徳間書店主催で講演会が開かれた。世界をざっとレビューした上で、日本について少し詳細に見て、最後は世界経済にとってのリスクと、一方で「もしこれが行われればリスクはリスクで終わる」という解決策の提示、という内容だった。
講演を聴いて強く思ったのは「全ての国がそれぞれの問題を抱えている」ということだ。日本にいると日本の悪いところばかりが論争され、なんだかとんでもない国にいるような気になってくるのだけれど...もちろんGDPの210%という借金は他を圧倒しているし、日本の問題は非常に深刻なのだが、例えばスペインの若者失業率は40%を超えている、とか、低コストでは戦えないのに差別化もフォーカスもできてないラテンアメリカ諸国とか、インドだって実は成長率をはるかに上回る債務率だとか、中国はなかなか国内需要が伸びず、それは医療制度がぼろぼろだからだ、とか。
自国であるアメリカのこともディックは非常に危惧していた。中間選挙の結果、共和党が上院を掌握し、未来のための長期的な視野に基づくあらゆる政策が、ブロックすることを目的にブロックされていくであろう趨勢を心配していた。特に財政をさらに悪化させる富裕層も含めた減税の延長が決まったことはショックだったそうだ。今後、中国や日本などの他国がアメリカの国債を買わなくなったら、アメリカはどうなるのか...一層のドル安は不可避だと言う。
そして結局は、それぞれの国が自分たちで問題を解決していかないといけないのである。日本であれば、これ以上借金を先延ばしにするのは国の崩壊につながるとはっきりと認識し、消費税率を大幅に上げ、一方で法人税は下げて企業の競争環境を整え、教育や科学技術に投資をし、移民を受け入れ、より中国と本腰を入れて付き合っていく。やるべきことは見えている。あとはやりきる意思をもってどう実行していくか。
1日で6つの取材をこなした後とは思えない熱心さとエネルギーで語ってくれたディックの思いは、聴衆にまっすぐ届いたはず。そして聴衆の熱心さも彼に伝わったはず。過密スケジュールでくたくたになりながらも、満足して帰国の途についたそうだ。今回の滞在を機に、また日本に来よう、と思ってくれたらいいなあ...私たちも引き続きアンテナを張っていろいろと日本についての情報提供する努力をしないと、と気持ちを新たにした。