方法論作りの4大障壁、あるいはそれでも組織には方法論が必要という話
2000年にケンブリッジに入社してボストンで研修を受けた時以来、仕事をする上で方法論が大事だと強く思ってきた(プロジェクトワークに限らず、仕事全般で)。
そして自分でも方法論を作ってきた。その時々の能力がボトルネックになるので完成度はまちまちだが、本業であるコンサルティングワークの傍ら、ずっとライフワーク的に新しい方法論を作ったり、磨いたりしてきた。
※この記事で言う"方法論"とは、仕事を上手に進めるためのガイドラインのようなものと考えてください。タスクリスト、手順書、使いやすいフォーマット、議論を整理するためのマトリクスなどなど、形態は多様。
その多くは社内トレーニング資料という形で書かれたし、2011年からはこのブログにも方法論のカケラのようなものをたまに書く。もちろんそれらの集大成として本を出版している。
つまり方法論に膨大な工数を注いできた訳だが、それは「組織能力をアップするためには、その組織が取り組む仕事の言語化文書化が必須」だと思っているからだ。
方法論がないと教育もできない。自社の方法論が言語化されてない会社はたくさんあるが、そういう会社でも研修にお金と時間をたくさん使っている。いったい何を教えているのだろうか?
そして方法論という土台を共有していない組織は、コミュニケーション効率がめちゃくちゃ悪い。具体的な課題に直面しているのに「えー、そっから話します?」みたいな議論がしょっちゅう発生している。
四半世紀、方法論に関わってきて、僕自身は比較的得意な方だと思うのだが、それでも難しいなぁ、と思う。思わず煽り気味に「何を教えてるの?」とか書いたけど、オリジナル方法論を作るのはめっちゃムズいので、まあ仕方ないよね・・。
方法論の障壁①カラスは飛翔にコツがいると思ってない問題
僕ら人類は古来、なんとかして飛びたいと願ってきた。一方でカラスは当たり前のように飛んでいる。恐らくカラスは飛ぶことに特別なコツがあるとは思ってすらいない。生まれた時から、息を吸うようにやってることだから。なのでカラスは「空を自由に飛ぶ方法論」を作ろうとしないだろう。
仕事における方法論も似た構図である。他の人にはできないことを何気なくやっているが、本人はそれを大したことだと思っていない。
僕の例で言うと、
下流でのプロジェクト管理を上流でやらないほうがいい理由、あるいは不確実性にまみれた世界
とか
業務プロセスをいじっても生産性は上がらない。あるいは業務を良くするテコについて
とかは、僕にとっては当たり前すぎて、ブログのネタになりうるなんて、長い間まったく考えなかった。だがふと書いてみたら結構ウケが良かった。なんか求められていたのかも・・。
という感じで、「これを誰かと共有したほうがいい」と気づくことに障壁がある。
ちなみにこの障壁への特効薬は、周りの人が質問することだ。
上記の業務プロセスの話も、勉強会に呼ばれて喋ったことを「まあせっかくだからブログに記録しとこ」と思ったからこそ、文章化された。それまで15年考えていたことなのに。
多くの書物が「子曰く」「ソクラテスはこう語った」という形式になっているのも、きっとこういう事情があるに違いない。
方法論の障壁②コツ言語化の障壁
上記の比喩の続きをすると、もし鳥語を話せる人がカラスに「どうやって羽ばたいたらうまく飛べますか?」と聞いても、役に立つ回答は得られないだろう。カラスにとっては幼い時からできることなので、コツを説明できないのだ。
僕でいうと、何回聞かれても人に教えられないことがいくつかある。例えば議論中におもむろに表や図を書くことが多い。それが混沌を整理して、結論を導く決定打になるので、見ていた同僚から「どうやって思いつくんですか?」と聞かれる。でも僕としてはただ思い浮かんだ図を書くだけなので、教えられない(なのでそれにまつわる本も書いていない)。
強いて言えば「これまで見てきた図や表が脳内に蓄積されていて、それを思い出しているのだから、まずは蓄積を増やそう」みたいなつまらない(特効薬的ではない)説明になる。これを言うと同僚はみんな「そんな話を聞きたいんじゃない・・」みたいな顔をする。
方法論の障壁③配達の障壁
言語化できたとして、それを受け取りやすく、他人が興味を引く形でお届けできるとは限らない。
例えば僕は僕なりのプロジェクト管理手法みたいなものを確立していて、それを使って業務改革&パッケージ導入のプロジェクトをいくつも成功させてきた。
が、それについてブログにも本にも書いたことがない。別に出し惜しみしている訳ではなく、うまく届けられる気がしないのだ。結構ややこしい話だから、説明も難しい。
特に方法論の文脈依存性がネックになる。つまり一緒にプロジェクトをやっている同僚は文脈をすでに共有しているので、「いまこの状況だからこそ、これをやるべき」が伝わりやすい。でも不特定多数のブログ読者、本の読者に同じことは期待できない。文脈から説明しようとすると、かなり読みづらい(面白くない)コンテンツになる。結果読まれない。有益なのに。
これが配達の障壁だ。
方法論の障壁④自転車問題
方法論って読んで理解しても、うまく実行できるとは限らないんですよね・・。自転車の漕ぎ方マニュアルを読んでも乗れないのと同じで。何度か転びながら練習しないと乗れるようにならない。何回転んでも最後まで乗れるようにならない人もいるだろう(前回のブログ参照)。
ちなみに、ケンブリッジ社長の榊巻は方法論を誰でも実践しやすくするまで噛み砕くのが、僕より好きでうまい。なのでケンブリッジの「リーダー養成学校」に通ってくれると、死なない環境で自転車に乗る練習ができるようになっている。
※養成学校については以前ブログに書いたのでそっちをお読みいただくか、Webサイトを検索してください。
https://blogs.itmedia.co.jp/magic/2023/09/post_129.html
方法論の障壁⑤ルール化問題
冒頭に「方法論とは、仕事を上手に進めるためのガイドラインのようなもの」と書いた。あくまでガイドラインであって、「どんな時も守らなければならないルール」ではない。特にプロジェクトにおける方法論では。
サッカーに例えると、
ルール:手を使ってはいけない
ガイドライン:ゴールライン付近まで攻め込んでからマイナスのクロスを上げると得点可能性が高い
みたいな感じだ。
ガイドラインとしての方法論は必ずしも守る必要はないが、組織で共有して、適切な状況で実行できると、成功しやすい。
なのだが、自社で方法論を定めて、あたかもルールのように社員に守らせようとする組織が結構多い。守らせるためのPMOチームをあたかも警察官みたいに配置したり。
でもプロジェクトは毎回違うので「今回、この資料を作っても意味ないんでは・・」「なんか意図がわからないけど、やらないと怒られるから会議を開催します」みたいな感じになる。
こうなるくらいなら、方法論なんてない方がいい。無駄な仕事が増えるし、何よりチームが「思考停止的な形式主義」というカルチャーに染まってしまう。プロジェクトの大敵だ。
と、5個障壁を挙げてみた。
方法論を言語化するのにも障壁があるし、それをうまく活用して組織の力に変えるのにも障壁がある。
でもそれらの障壁を乗り越えてでも、方法論を組織に浸透させることには価値がある。
・うまくいく方法をちゃんと知っている
・新しいメンバーにきちんと教えられる
・コミュニケーションの土台になる(今回方法論の何をどう変えるか?から議論をスタートできる)
というメリットは、苦労をしてでも手に入れたほうがいい。
なお、新刊「プロジェクトを成功させる55の罠」は上記の障壁④自転車問題への対策でもある。
この本の前に書いた本で、教科書という形になんとか言語化して、それが読者に届いた実感はあるのだが、かといって明日から自転車が乗れるようになる訳ではない。教科書だけでなく、もっと多面的に眺めたり、同僚と議論したりすることは、自転車の練習に似ている。なにしろ「自転車にこう乗るとコケるよ」が書いてある本だし。