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マーケターとしてベンダーとして、一貫してデータの世界で生きてきた筆者による、思考と情報整理のためのメモ。

親知らずを全身麻酔で同時に2本抜いた話 (1)

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病名は「水平埋伏智歯」という。異様な字面ではあるが、読んで字の如く「水平に埋もれ隠れている親知らず」のことである。「智歯」という用語は今回初めて知ったのだが、親知らずのことを英語で "Wisdom Tooth" というので、その直訳なのだろう。「物事の分別がつく頃に生えてくる」ため Wisdom なのだそうだが、その点「親に知られることなく生えてくる」という由来の親知らずとも、通じるものがあっておもしろい。

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さて、たかが親知らずが全身麻酔という大規模工事になったわけは、当方が意気地なしだからとかいうことではなく、医師からそれを強く推奨されたためなのだ。今から20年ほど前に上顎左右の親知らずを抜いてもらった医師に「ウチで抜くのは嫌だなあ」と言われたのを皮切りに、以来、町の歯科に通うたびに「いつか抜いたほうがいですよ、ウチでは無理ですけど」と言われ続けてきた代物であった。そう言われてしまうと、当方だって面倒だし怖いしで、また痛くなることもほとんどなかったので、先延ばしのインセンティブが強烈に効いていた。いや一度、御茶ノ水の大学病院に虫歯治療で通った際には、研修医からあがりたての若手がワクワク感を醸し出しながら抜くことを提案してきたのだが、それにはちょっと勇気が出せなかったのだ、大変申し訳ないのだけども。

かかりつけの歯科医で紹介状を書いてもらう

またもや今回も、きっかけは近所の歯科医の推奨である。過去の治療箇所が欠けてしまったので通い始めたのだが、案の定、初回のレントゲンによる診断でいつもどおりのコメントをいただく。ただし「右の親知らずはウチでもなんとか抜けるが」という変化球あり。左は歯根が下顎の血管や神経の通っている箇所にほぼ接してしまっているため、術中に何かあっては大変なので、大学病院など歯科以外の緊急対応が可能な体制が整っているところですべきだと。若手の女性医師だったが親身に相談に乗ってくれたので、今回、右はその歯科医にお願いすることにして、左は最寄りの大学病院を紹介してもらい抜歯することに決めた。「なんとか」抜けるという言葉が少し気になったものの、左はそれなりに準備も大変そうでいつ抜歯できるかもわからないので、善を急いだわけである。

紹介状を持って大学病院に行き、初診に臨む。診察台が 9つあり、そのうちの 1番に座る。こういう診察台の番号の順列に意味ってあるのだろうか?数ヶ月前に町の眼科医に通った際には、1番診察室は院長が使っており、末尾が院長の娘だったので、1番が一番偉いのかな、なんてことを考えているうちに医師が登場である。大きめのマスクをしておりわからないのだが、涙袋メイクがイマドキ風の、だいぶお若そうな女性である。目元だけだが、坂口杏里に少し雰囲気が似ている気がする。ゆえに正直不安に思った。これまた大変申し訳ないのだけども。

ところがやりとりは非常にテキパキ。こちらの質問にもよどみなく的確に答えていただける優秀さである。先ほどの第一印象以外には不安を感じさせず。大変失礼した。というわけで、ここで抜歯することを前提に MRI 室に送られ、その日は帰宅する。これが 20221215日のことである。

全身麻酔で一気に2本抜くことを決意する

1220日に再度大学病院を訪れ、MRI 検査の結果に基づき治療方針の確定である。歯根と神経や血管との位置関係を正確に知るにはレントゲンではだめで、MRI の精度が必要なのだ。検査の結果、神経と接してはいないが限りなく近いところにあるとのこと。これだと慎重を期する必要があり、通常の麻酔注射による手術では、処置に時間がかかって麻酔が切れてしまった場合に「お互いに大変」になることから、と、全身麻酔を強く推奨された。ここはもう従うしか無いだろう。

手術の方法だが、まず歯茎を水平に切ってめくり、埋没している歯を大きく露出させる。そして歯を引っこ抜き、空いた穴を洗浄して、切り取ってあった歯茎を戻し、縫い付けるのだ。この方法は、近所の歯医者で抜く場合の方法と全く同じだった。であれば、と、右側も同時に抜歯してもらうのはどうだろうと聞いてみる。手術時間は左のみで1時間程度、右を足すと30分伸びる程度だろうとの返答だったので、一緒に抜いてもらうことをお願いしたのだ。実は近所の歯科医からは、右を1本抜くのに全体で90分、抜歯手術そのものは60分程度と聞いていた。意識がある状態で少なくとも60分間も口を開け続けることを考えると、もう俄然、全身麻酔で30分延長のほうがいい。そして手術日は年明けの、2023318日に決定した。だいぶ間があくのは、麻酔科の医師含め手術に関わるリソースの予定が結構詰まっていたからであるが、全身麻酔のため、約1ヶ月前に術前検査を受けるなど、それなりに準備期間も必要なようである。

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手術のちょうど1ヶ月前の 2023218日に術前検査へ赴く。血液検査、心電図、胸部レントゲンなど、一般的な健康診断に近い。なぜか肺活量まで測定したのだが、当方は肺活量が 5,000cc を超えているので、毎度「何かスポーツやってました?」と聞かれる。背の高い女性が必ず「バレーボールやってました?」とか聞かれて苦笑いするのと一緒である。やっているやっていないで言えばやっていたのだが、田舎の弱小高校と大学のおちゃらけサークルごときで「テニスをやっていた」と豪語はできないし、それで肺活量がついたわけでもないので、毎回答えに窮するのである。

検査が一通り終わったら、入院手続きに向かう。入退院専門の受付エリアがあって、そこで受付票を取り、順番に並び直すのだ。そんなに混まないだろうと思っていたが、甘かった。むしろ検査のほうは極めて順調だったのに、こちらは全く進まない。よくもまあこんなに入院する人がいるもんだ、たかが手続きになんでこんなに時間かかるかね、と心のなかで不貞腐れてみるものの、当方もその一団に所属なわけで、あとから受付に来た人からすれば、当方にもそういうまなざしが向けられているに違いない。

入院手続きでは、入院当日までに準備する各種書類をもらいつつ、必要な身の回り品の説明を受けるのだ。寝巻きだとか歯ブラシだとか上履きだとか、病室で過ごすための備品各種である。入院セットなるものもレンタルしているようで、ここで申し込めば、いかにも入院患者っぽいルームウェアから内履きなどのレンタル品と、歯ブラシ他消耗品の購入が全部揃うのだけども、なんとなくレンタルが嫌だったので、自分で持ち込むことにした。結果として、この決断はいろいろ失敗であった。

2023221日、入院前の最後の診察に赴く。診察とは銘打っているものの、術前検査の結果発表と最終意思確認のための面談のようなものだ。検査は良好、日々の在宅勤務による不摂生が出ているかと思いきや、一部のコレステロール値以外正常の範囲ということで、毎年の健康診断と特に変わらない結果だった。そして例の肺の検査については「肺年齢25歳ですって」と半笑いで説明される。「肺活量」と「吐き出すスピード」の合成関数らしいのだが、どっちみち機械での検査数値以外でそれを実感できるシーンは乏しく、実年齢の半分だということを自慢できる場所もないので、「ええぇ~」とマスオさんのように驚いて見せて終わりである。

その後、診察台に座ったまま、書類に基づき手続きやリスクなど一通りの説明を受ける。書類へのサインは入院当日でいいようだ。入院や手術、麻酔など、本人の自由意志に基づき決定している旨や、万が一の場合の緊急治療方針は医師の判断に委ねることに対して、複数の書類にサインを行うことになる。ただしそのサインに関わらず、本人の意思で手術をいつでも中断できるとの記載もある。なるほど、その場でサインを求められないのは、いつでも撤回できる以上、直前でないと意味がないからなのだろう。

ようやく入院と全身麻酔に対する実感が湧いてくる。いままで全身麻酔どころか入院すら一度もしたことがないので、不謹慎だが少しワクワクし始めたのである。

そこから口内環境としては平穏な1ヶ月を過ごし、入院前日に、最終検査用の唾液の提出がてら最後の診察である。口内細菌などを調べるのだろう。前回の診察で小さな試験管のようなプラスチック容器を渡されたのだが、それをぱっくり口に加えて、中にひたすらヨダレをだらだら垂らすのである。そんなん無理っぽい、と受け取り時には思っていたが、意外とイケてしまった。

2023317日、いよいよ入院

そして翌日2023317日正午、カバンにパジャマなど必要なものを入れ、入院のため病院に向かう。一通り部屋の設備の説明を受け、あとはパジャマに着替えて待機である。夜中から点滴を入れるとのことで、先に点滴チューブを腕に通しておく。すごく痛いというわけでもないのだが、常に引っ張られている感があって不快である。あとは特にすることがないのでヒマなのだが、体が悪い訳でも無く、PC も持ち込んでいるので、普通に仕事をこなしていく。

しかし、ベッドに腰掛けて狭いテーブルでの仕事は、背中や腰に負担がかかる。それで、気分転換に院内のコンビニにでも出かけようかね、と思ったのだが、そこではたと気づいた。当方、パジャマ姿である。もちろんスイートなパジャマを着ていたわけではないが、心地よさを優先した、見まごうことなき寝巻きである。院内とはいえども、週末で見舞客も多い、病院の入り口に面したコンビニに、この姿で突っ込んでいくのはかなり気が引ける。点滴のスタンドをカラカラ転がしながらであればまた違うのだろうが、まだ点滴も始まっていない。ただの、健康なのにパジャマ姿にスニーカーを履いてうろつく、変なおっさんである。せめてスリッパ履きならまだマシだったのだろうが、コケないようにカカトがある内履きが指定されており、何も借りないことを決めた当方は、そこで自前のスニーカーを持ち込んだわけなのだが、これが怪しさに拍車をかけるのである。水と麦茶、コーヒーバッグはあらかじめ買って持ち込んでおり、当座のところ大変困る状況でもなかったので、出歩くのはやめることにした。

その日は 16時頃に口腔外科に出向いて問診なのだが、なぜか車椅子で運ばれていく。手術前は丁寧に扱われるルールらしい。いろいろ検査もしているし、できるだけ状態の変化を抑えたいのだろう。これならパジャマでも恥ずかしくないね、と思ったが、金曜日の16時ではもう外来診察はしていないので、ほとんど人を見かけなかった。特に何もないので、問診は一瞬にして終了、再び車椅子で運ばれ、あっという間に病室に逆戻りである。ちょっと残念。

18時になり、晩ごはんである。院内に、シェなんとかというフランス語感の漂う名前のレストランが入っているので、少しばかり期待したのだが、残念ながらそんなワケがなかった。もう普通に病院食である。巷でいうようにこれでも昔よりマシなのだろうが、当方そもそも生まれてこのかた病院食を一度も食べたことがなかったので、味の比較ができない。匂いは、誰かのお見舞いに病院に行ったときに嗅いだあの匂いである。匂いの正体は、ほとんど煮物と白ごはんだ。まあ、仕方がない。この食事が終わったら、以後手術まで飲食禁止である。

食事が終わったらシャワーだ。点滴のチューブを刺している箇所に水をかけてはいけないので、看護師さんが上からクレラップを巻いてくれた。他にもっとマシな方法はないのかね、とも思ったが、点滴チューブ刺しながらのシャワーという行為そのものに、さほどニーズがないのだろう。医療って全般にそういう傾向があるように思う。娘の歯の矯正器具なども、もう少しココがこうなるだけで快適なのに、という箇所がいくつもあるのだが、そういう贅沢を言わせない圧力が働くのだろう、保険とかも絡んでいそうだし。それでも矯正経験者によれば、昔よりはマシ、らしいのだが。

シャワーは何事もなく終わり、あとは待機するだけだ。まだ要観察対象者ではないので頻度は少ないのだが、たまに看護師が突然の入室を試みる。よって常に一定の緊張感が必要である。Netflixの映画をダウンロードはしてあったのだが、手術後に身動きがとれない時用にとっておくことにして、ぼんやりテレビでバラエティ番組を眺めていた。複数のお笑いコンビたちが、クイズめいた企画をやっている。これがびっくりするほど面白くない。そのこと自体に自分でびっくりして、急遽 YouTube で彼らの漫才やコントを見てみたのだが、これも恥ずかしくなるぐらい面白くなくって、すぐに再生中止である。なせだろうと思索してみた。実は当方もう10年近く、ほとんどテレビを見ない生活になっている。おそらく、笑うためには「笑う準備」が必要なのだ。今はこういうものが面白い、という前提情報である。当方には不評だった、イマイチ弾けきれていないぼそぼそとした漫才が、今は面白いと解釈されるフォーマットなのであろう。笑おうという心構えに至れないから笑えないのだ。これには訓練が必要そうだが、そんな時間も意義も見いだせなかったので、そのまま寝ることにしたのである。

その後、もちろん予告されていたが、夜中24時近くになり看護師が訪れ、点滴の開始である。中身はソルデムと呼ばれる薬剤だが、要は水分とブドウ糖の補給のための電解質溶液である。手術中に吐き戻しがないように夜食以降は絶飲食なのだが、手術中には血管内の水分が失われやすいため、その補給が必要なのだ。点滴スタンドにソルデムのバッグをかけ、あらかじめ左手に刺してあった管に連結。そのとき、小袋をバリっと破って中から注射器のようなものを取り出し、管の途中にあるアタッチメントに挿して、ちゅーっと冷たいものを注入してきた。その冷たいものが、腕の血管を流れていくのが分かる。何者なのか聞いてみたところ、生理食塩水とのこと。ちゃんとルートが取れているのかを確認するためと、挿しっぱなしの点滴の針と管に逆流してきている血液を血管に押し戻すため、なのだそうな。そんなやり取りをしつつも、ガッツリ寝ているところを起こされての出来事だったので、セッティング終了とともに再度また爆睡である。

思いのほか書くことが多く力尽きたので、今回はここまで。次回は手術編である。

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