浦高同窓会・TJライブ
今日は高校の同窓会に行ってきました。実は卒業以来、高校時代の友人には、親しかった一人と、同じ部活の二人以外には全く会っていなかったので、多くの友人たちと26年ぶりの再会となります。しかも、私は名門高校でアウトローだったので、当時からそれほど広い交友関係はありませんでした。
同窓会なんて出たことがなかったので、どんな服装で行けばいいのかなぁ、と妻に聞くと「スーツでしょ」と言われたものの、スーツは固すぎると、普段着を着たら、「それはカジュアルすぎる」と言われ、仕方ないので娘を連れてユニクロに行き、ジャケットとシャツを選んでもらい、さらに鞄も安いやつを選んでもらいました。女の子はこういうことは喜んでつきあってくれます。お礼にドーナッツをご馳走したりしていたら、すっかり出発すべき時間を忘れていて、家に戻って着替えて、ぎりぎりで電車に飛び乗りました。
会場に着いてみると、遠目には「うーん・・・やっぱり誰もわからん。。」と思っていたのですが、受け付けに近づいていくと「おぉ、**じゃないか!久しぶり!」と握手を交わしていく感じになりました。名札を皆付ける仕組みになっていたので、顔だけ見てもわからない人でも、名前を見ると遠い記憶がたどれるものなのですね。
26年ぶりに会うと、まずは見た目で「ほとんど代わっていない人」と「だいぶ変わっちゃった人」に分かれます。私は「かわらないね!」と声をかけられることが多かったので、まあ、ホッとしたというところでしょうか。。意外な人から声をかけてもらえたりして、よく浦高に馴染んでなかった私のことを覚えてくれているなぁ、とビックリしたりしました。
さて、浦和高校というと当時埼玉県下一の進学校でしたから、皆のその後の進路が気になるところですが、同窓会に来ていた人に限定すると、
文系
・金融系
・官公庁
理系
・医者
・研究者
あたりが多い感じでしょうか。浦高の先生をしている友人もいました。当時から頭が良かった友人に聞いてみると、国家公務員上級職に合格して警察のエリートになっている人がいたりして、まるでテレビドラマのような感じだったり・・・
さて、浦高は昔も今も、文武両道というか、体育会系の高校なので、もと応援団の人が壇上に上がり、指揮を執ると、校歌を皆が今でも歌えるのです。さらにアンコールで応援歌「八重雲起こる(だったかな)」も皆で熱唱。そう、新入生はすぐに体育館で暗幕をしめられた中、オリエンテーリングで厳しい指導を受けるのです。今でもやっているそうです。
春には新入生歓迎マラソン10キロ、夏には臨海学校で遠泳2キロ、秋には浦和から古河まで50キロの競歩大会、その他体育の授業ではラグビー・サッカー・バスケットボール・バレーボール・水泳・柔道・剣道・体操などありとあらゆる競技をやらされ、スポーツ大会も数多くあり、雨でもグラウンドで競技する「雨天決行」な授業・イベント・・・まあ、さすが男子校、という高校でした。そんな中で私はぐれていたので、今思えばもったいないことをしていたものですが、もっとたくさんの友人を作っておけば良かった気がしますねぇ。でも癖のあるやつが多かった気がしますねぇ。
先生も大勢参加いただけ、残念ながら私が一番お世話になった、1年・3年の担任の先生は5年前くらいに亡くなっていたと知ってビックリしたのですが、2年の担任の先生と、当時の私のひどい成績などを笑談したりしました。
勉強はちっともしませんでしたが、浦高で身につけたのは、精神力でしょう。できる友人たちの中で何とか切り抜ける度胸とか、職員室に呼び出されて恥をかいたり、通知表で1を付けられて唖然としたり、弱虫でいじめられっ子だった私を変えたのは浦高でしょう。親としてはもう少しまともに勉強して良い大学に行って欲しかったようですが、私はこんな高校時代も良かったんじゃないかと思ってます。
最後は、同じ部活だった友人とラーメン屋によって少し話をして盛り上がり、懐かしい一時を終えたのでした。
その後、川越に戻り、今日はTJライブだったので顔を出しました。
今日は人数がわりと少なく、まったりと楽しめた感じです。私は何の準備もしていかなかったのですが、最後に「やれば?」と言っていただいたので、楽譜も楽器も全部マスターにお借りして、さだまさしを3曲やりました。慣れない楽譜だったので、ギターもいまいち、唄も歌詞を読み慣れない楽譜だったのでいまいち、という感じでしたが、まあ、参加することにも意義があるということで。。
忙しいながらも充実した土曜日でした!