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プログラミングでメシが食えるか!?

子供に約束を守る大切さを教えるのは意外と難しい

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昨晩帰宅すると、妻から息子を叱ってくれと言われました。理由は「やるべきことをやっていない。約束が守れない。ごまかす。」というようなことです。このことに関しては小学1年から注意し続けていて、4年間直っていないのです。

当たり前のことですが、人として「約束を守る」ということは基本中の基本です。しかし、その大切さを小学4年生の息子に説明するのは、実は結構難しいものです。

叱って強制的に約束を守れと言うのは簡単ですが、理由もわからず守れと言われても、心から守ろうとは思えないでしょうから、納得させる必要があります。妻は息子が好きな遊びや趣味を取り上げて強制的に守らせようともしていますが、私はそれはあまり賛成できません。なぜなら、

・どうせ何かあったら取り上げられてしまうと思ってしまうと、物事に熱中したくなくなる。
・本当に取り上げることは実はできないということがおそらく中学生になる頃にはばれてしまう(隠れてやればできてしまうなど)。
・中学生くらいになると、追い詰められると逆ギレする可能性も高まる。

ということが考えられるからです。特に最初の点は大きな問題です。遊びでも趣味でも、熱中できるということはとても大切だと私は思っています。

そこで、約束を守る大切さを納得させなければならないのですが、これがかなり難しいのです。

・人は人とのつながりで生きていられるのだから、約束を守れないようでは誰も相手をしてくれなくなる(親も)。それで良いのか?
・約束を守れなければ、頼むことができなくなる。つまり、仕事はできない。将来仕事もできず、不労者になってもいいのか?

このような話をわかりやすくしました。息子は、「約束を必ず守るように努力します。」と泣きながら言いますが、「今まで何度もその言葉を聞いたができていなかった。今度もまたできないのではないか?できなかったらどうする?」ときくと、「責任を取ります」と・・・。

どこで「責任」などという言葉を覚えたのか知りませんが、、「責任ってどういうことだ?」ときくと、ごにょごにょ・・・。「やるべきことをきちんとやり遂げることだ。約束を守ることと同じだ。」と教えておきました。

その後、「お前は、どういうときに一番うれしいと感じるのか?」ときいてみると、「席替えをする前にワクワクします。」・・・うーん、そんなことがうれしいのか・・・という話もありましたが、「がんばって何かをやり遂げたときとか、人からありがとうと言われたときにうれしくないか?」ときいてみると、「それはとてもうれしい」と。「約束を破ってばかりいたら、皆お前から離れていき、だれも相手にしてくれなくなり、褒めてもらえないし、ありがとうとも言ってもらえないのだぞ」「仕事というのは人の役に立ってありがとうと言ってもらうことだ」というような話もして、「まあいいか、とごまかさずに、一つ一つをきちんとやれ!」ということで、1時間以上話をしました。

しかし、あらためて考えたのが、こういう指導は相当難易度が高いということです。昨晩の会話も「もっとこう話をすべきだったかな・・・」という点もいろいろあります。会社でメンバーを指導する方がはるかに簡単です。しかし、親は子を一人前の人として育てなければならないわけで、それが上手くできない結果、社会に迷惑をかけるような人が育ってしまったりするわけです。責任重大ということと共に、こんなに難しいことを親全員が本当にできるのだろうか、とも考えてしまいます。

日本は宗教信仰があまりない国で、私も特に何を信じているというより、正月には神社仏閣に初詣、クリスマスにはお祝い、とイベントを都合良く楽しむ程度で、信じているのは自分自身と思っていますが、ひょっとすると宗教信仰が盛んなところでは「神様がこうしなさいと言っている」という教え方が効果的なところもあるのでしょう。子供が小さい頃は、「悪いことしているとお化けが夜に連れて行くぞ」とかいう脅しもききましたが、さすがにお化けでは小学校高学年にもなると効かないでしょう。そんな日本で、いったい何をもって道徳的な教育をするのか、というのは、冷静に考えるととても難しい問題なのではないかと思うわけです。

私自身は、父が学校の先生をしていて、校長先生までやってましたから、少なくとも「親に迷惑はかけてはいけない」という思いはありましたし、そもそも父はとても怖い存在でした。理由を説明された記憶はほとんどなく、単に「駄目と言ったら駄目だ!」と叱られただけだったと思います。それでもそれなりの人として育ったのは、父の背中を見て感じるものがあったからでしょう。私の背中じゃ足りないのかな?とか心配になることもありますが、親がそんな心の隙を見せるわけにはいきませんので、まだまだ子供とともに自分自身も勉強しながら成長していかねばなりませんね。。

しばらく妻と話した後、自室に戻る途中で子供たちが寝ている様子を見ると・・・お姉ちゃんが弟と手をつないだまま寝てました。叱られてしょげていた弟を気遣ってあげたのでしょう。親が先に死んだ後に支え合うのは姉弟。そのためにもちゃんとした人に育って、姉弟で支え合えるようにならなければなりませんね。

Comment(6)

コメント

ささき

うちも爺さん、姉が先生で、母親が養護教諭でありながら、息子の学校生活のことでどうコミュニケーションとったら良いのか…と最近悩んでいて、エントリ興味深く拝見させていただきました。とりあえず「叱る」という事について自分は全然お話にならない感じなので、どう修行したものか…とこれまた悩みが多い今日この頃です。

ささきさん、コメントありがとうございます。
子供が生まれたときに、教育者の父から言われたのが、「子供には、自分の思い通りにならないと言うことを最初からわからせること」ということでした。泣けば許されるとか、暴れると思い通りになると言うことを覚えてしまうと、後で厳しくしつけるのは非常に難しい、ということです。いわゆる「三つ子の魂百まで」ですね。
一応、そのように育ててきたので、言うことを聞かないわけではないのですが、心からそうだと思わせること=納得させることはやはり難しいですね。
でも、ささきさんは先日ブロガーミーティングに親子で参加されていて、いい関係を気づけているようで羨ましいというか、尊敬のまなざしで見てました。帰りにラーメンを一緒に食べてかえったこととか、とても良いな、と。
やっぱり親も逃げずに子供と正面で向き合うことが大切なんだろうな、と思ってます。

はまけん

ブログを拝見しました。すごく面白いテーマですね。私は既婚者で、子どもはいませんが、私なりに感じたことは「子どもには口でいくら言っても伝わらないから、良いか悪いかだけを伝えたらいい。」です。。
>叱って強制的に約束を守れと言うのは簡単ですが、理由もわからず守れと言われても、心から守ろうとは思えないでしょうから・・・

確かに、理由がわかったほうが分かりやすいとは思いますが、私も小俣さんと同じで、父は厳格な方だったので、子どものころは理由もわからず「これは良いこと」「これは悪いこと」とゲンコツで肌で覚えさせられていました。そして、どこかのタイミングで、その悪いことをやってしまい、ゲンコツ以外の痛みを感じます。ここで初めて、なぜ悪いことだったのかが、理解できるようになります。そうして、自分自身で身につけていくしかないと思います。ちょっと乱暴ですが、親は大筋のことを子どもに伝え、出来ることなら痛い目(取り返しのつく範囲で)にあえる環境を与えてあげるのが、教育なのかなと思います。

はまけんさん、コメントありがとうございます。
良し悪しの判断なら、有無を言わさずで良さそうなのですが、「まじめにこつこつちゃんとやれ」というようなものですと、「やれ」と言ってもうわべだけで、本気ではやらない気がするのですよ。
そのあたりが、最後に書いた、「親の背中を見る」という感覚なのかなぁ、と思っているのですが、難しいですね。

「あなたが約束を守ってくれないと、わたしは悲しい」ということを伝えてはいかがでしょうか?
ブロガー竹内さんの記事にそのようなことが、書かれていました。
ちなみにわたしは、祖父母4人が教師、親の半分とおじおばの半分以上が教師、ゲンコツから逃げるのは上手になりました。

ばんちょ〜さん、コメントありがとうございます。
そういう話もしました。主に妻がそういう感じで話してました。私としては、「親のためではなく、お前自身のためだ」と言ってましたが。
私も父方・母方ともに、おじおばほぼ全て教師でしたよ。ゲンコツは来ませんでしたが、説教話を聞くことと、受け流すことはとても上手くなりましたが、自分自身も説教臭くなりました・・・。

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