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「誰かが教えてくれることを信じるのではなく、自分で考えて行動する」ためには、矛盾だらけの「現実」をありのままに把握することから始めるリアリスト思考が欠かせません。「考える・書く力」の研修を手がける開米瑞浩が、現実の社会問題を相手にリアリスト思考を実践してゆくブログです。

原子力論考(38)原発の稼働可否が社会的国際的にどんな影響を与えるかをシステム思考的に考える

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文書化支援コンサルタントの開米瑞浩です。

今日は、原子力論考(38)を兼ねて、原子力発電所の稼働可否が社会的・国際的にどんな影響を与えるか? を真面目に考察してみましょう。

なぜエネルギー屋でもないのにこんなことを書くのか? と思われるかもしれませんが、私がこういう記事を書く理由は2点あります。

  1. ひとつは、「論理的に考えることの必要性」を示すサンプルとして。
  2. もうひとつは、「原子力」の社会的な意義の理解を得るため。

小事は情によって、大事は理によって決すべし。一時の感情によってではなく、合理的にもっとも国民の生命財産を守ることができる選択をするためには、まずは1つの打ち手がどこにどのような影響をもたらすのかを、冷静に認識しなければなりません。

そのための、冷静に認識するための1つの有力な手段が今回書いたような「システム思考」的手法です。(念のために書いておきますが、システム思考「的」ではあっても、システム思考の教科書に準拠してるわけではありません。それはわかってやってることですから、そういうツッコミは無しでお願いします)

なお、「システム思考的手法」そのものについては下記2つをご覧ください。

めぐりめぐる因果の輪を考えやすくする「因果ループ図」
恐怖のメタボまっしぐら因果ループを考えてみる


さて、というわけでチャートです。今回はデカイので、クリックして拡大して見ながらお読みください。

NP-2012-0224-01.png


表記法は図中にも書いてありますが、青と赤の矢印で因果関係を表します。
モノクロで見る場合は(O)の記号がついているかどうかで区別してください。
また、箱が白地のものは「好ましい、増えて欲しい要素」であり、網掛けしてある箱は「好ましくない、減ることが望ましい要素」です。

なにやらいっぱいありますね?
箱の数が15個あります。これでも原発の稼働・不稼働を選択するときに考えなければいけない要素が全部出ているわけではありません。

これだけ多くの要因がからんでくるものを、どこか1箇所だけ考えて「止める!」とやってしまうと、予期しない悪影響による被害損害を被る恐れがあります。だから、何がどこにどういう影響をもたらすのかをまず冷静に把握することが大事で、そのためには箇条書きではなくこんなチャートを書くことが有効なわけです。

それではひとつずつ説明します。

まずは「原発稼働」からまっすぐ横に伸びた矢印が「電力の価格と質」に入ってます。
これは、原発を稼働させると電力の「価格が下がり、質が上がる」、ということを意味します。「価格が上がる」ではないのでご注意ください。

そうするとそれは優良な産業インフラになります。日本以外の国では日本ほど電力の品質が良くなく、そのため工場を稼働させるために特別な電源対策が必要であることが、製造業の空洞化を食い止めている要因の1つです。原発を止めるとその条件が失われます。
(いや、現に停電してないじゃないか、と思う方はこちらをどうぞ→「昨夏の電力不足 15%節電要請を受け入れた現場の実際

そのため原発を止めると産業インフラが劣化し、経済活動が停滞し、一般社会が得る利益が減る、という結果を産みます。普通の会社の業績が落ちて給料が減る、失業が増えるということです。

そうなると考えなければいけないのは、「弱者に優しい社会」は成り立たないということです。そんなことはない、と思う方はこちらをどうぞ→「電気がなければ弱者が死ぬって言うけど金がなければますますたくさんの人が死ぬ」。

さて、その「弱者に優しい社会」に関わる話ですが、実は、原発を稼働させたほうが「環境汚染」は減ります。環境汚染というのは火力発電所から排出される窒素酸化物、硫黄酸化物など直接人の健康を害する物質のことです。幸い日本の火力発電所は世界で最も排ガス規制が厳しいため海外に比べればマシですが、それでもゼロではありません。そして、たとえば現在このような特例措置も行われています→「火力アセス、特例で免除、電力供給増へ」。原発の稼働にうるさいエコ派の市民団体はこの件を問題にしないのでしょうか。問題にすると「脱原発」の主張が弱くなる、と考えてスルーしているのであればご都合主義もいいところです。

藤沢数希氏の試算によると、「日本の原発稼働をゼロにして代わりを火力発電で補うと、大気汚染による死亡者が毎年3000人増える」と言います。→「脱原発」の不都合な真実

そうは言っても一度事故が起こったら、その影響が大きすぎるではないか、と思う方は少なくないことでしょう。原発稼働→原子力事故リスク の線ですね。事故リスクは通常は表に出ませんが、いったん事故が起きると「信用毀損」や「健康被害」が現実化します。

しかし、現実には原子力事故にともなう健康被害のリスクは極端に過大評価されています。
日本の「被曝限度」は厳しすぎる(日経ビジネスオンライン)、
チェルノブイリ20年の真実 (金子正人)
「低レベル放射線による長期的な影響は,たとえあるとしても識別困難な程度のものであろう。深刻な精神的,心理的な健康障害をもたらしているものは,微量放射線に対する恐れと,事故後の社会的,経済的な要因と思われる。」

ちなみに史上最悪の原発事故を起こしたチェルノブイリのあるウクライナではその後も原発の稼働・新設を続け、現在は合計15基の原子炉で電力の半分をまかなっています。

一方、原発の代わりになる火力発電ならば事故リスクはない、と考えるのは早計です。もちろん、火力発電にも事故リスクはあります。それがないように見えるのは、大きく報道されないだけ、そして「まだ起きてないから」というだけのことです。

磯子火力発電所火災 2011.11.25

この種の事故を起こすと発電が止まるだけでなく、不完全燃焼した燃料の排ガスが何のフィルターも通さず大気に放出されるため、直接の死者は出なくても気づかないところで、弱者を死に至らしめる可能性があります。昨年の磯子火力の場合は幸い数時間で鎮火しましたが、2003年の十勝沖地震ではこんなケースもありました。

大地震により原油の浮き屋根タンクのリング火災 (失敗事例)

消火が難航し、北海道だけでは消火剤が足りずに全国から泡消化剤をかき集めて44時間後にようやく鎮火した、というほどの大火災です。このときは「苫小牧市周辺に油の臭いや、すす、消火剤の泡が飛散。多数の住民や小中学生などが体調不良を訴えた」ほどます。この事件はナフサタンクであり、発電燃料ではありませんが、しかし可燃物を大量に貯蔵する怖さを示しているのは間違いありません。ちなみにこの事件が起きた平成15年は地震以外の原因により燃料タンク火災が複数起きています。

危険物タンク火災 

こうした石油タンク火災のような事件は昔からあったもので、1964年の新潟地震では市内4箇所の製油所等から出火し、1箇所は12日間燃え続けた例もあります。(上記リンク先)
ただ、そうした事件を経て安全対策が強化された結果、「より安全に」なり、事故が少なくなって現在に至っています。それでもゼロにはなりませんが、ゼロではないからすべてのエネルギーの使用を止めますか? それこそ非現実的な選択というもので、かえって多くの死者を出すことになります。

原子力についても事情は同じです。原子炉の技術も進歩しています。現在アメリカや中国で建設中の原発は第三世代の新型炉で、ちょうど今回福島で起きたような「全電源喪失」という事態への耐性が向上したモデルです。事故は不幸なことですが、その経験を活かして施設とその運用を向上させていくのが人智というものではないでしょうか?

あともうひとつはエネルギー安全保障問題。ご存じの通り日本で使われる石油の8割以上、天然ガスもかなりの割合がホルムズ海峡を通って運ばれてきます。その石油にエネルギーの大半を依存して本当に「安心」ですか? まあ、石油のうち発電燃料として使われるのは1割程度ですが、天然ガスは逆に約6割が発電用途です。

JOGMEC 資源情報館 石油・天然ガスの主な用途

1973年のオイルショック時、アラブ諸国は国際政治を動かす武器として石油を使いました。忘れている人も多いですが、日本が1941年に対米開戦に踏み切ったきっかけもアメリカが対日石油輸出を停止したことです。

現在また中東情勢が不安定化しています。エネルギー問題を考えるに当たっては、そうした視点もまた持っておく必要があります。


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