オルタナティブ・ブログ > 20年前の留学を、淡々と振り返る記録 >

高校卒業直後にアメリカの全寮制高校に飛びこみ、文化、言語、価値観、人間関係、そして勉強で七転八倒しつつ適応していった、5年間の留学生活から学んだレッスンを、具体的エピソードを交えて紹介。

ある朝、突然 "英語の神さま" が降臨する

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留学してからは、こんなかんじに時間が過ぎていきました。
↓↓↓

■1ヶ月目: 怒涛のごとく過ぎ去る。
■2ヶ月経過: 生活スタイルや食事に慣れてくる。
■3ヶ月経過: 授業はまだまだわからない部分も多く、授業の足を引っ張る



3ヶ月を超えると、日々の生活や授業以外のコミュニケーションにはかなり慣れてきます。
友人らと軽口を叩いたり、ジョークに笑えるようになってくると、つい

けっこう英語できてんじゃん、やるじゃん、オレ!

と過信してしまいそうになりますが、授業の理解度はまだまだです。



というのも、授業はすべてネイティブ対象のスピードで進みます。留学生への配慮はいっさいないので、私の理解度に関係なくドンドン進行していきます。ですから、私は授業が終わった後に先生をつかまえ、質問攻めにして確認をする必要がありました。


やはり、3ヶ月やそこらの留学生活では、ネイティブの高校生の授業は難しすぎるということですね。

でも私は

大学ではさらに難易度が上がるんだから、高校レベルでギブアップするわけにはいかん。しかも、浪人生活を送っているようなものなのだから、少なくとも1年でTOEFLにパスせねば

と、必死で食らいついていました。




4ヶ月、5ヶ月目は夏休み期間に入りますので、生徒は故郷に帰ってしまいます。で、キャンパスに住む生徒は私だけになってしまいました。これはちょっと困りました。私とはいえば、まだ帰国するわけには行きませんから、校長先生の家に居候させてもらいながら、日々先生とのマンツーマンの授業を受け、TVでリスニングを強化し、といった作業をもくもくと続けていました。


生徒が誰もいないので、周囲に雑談できる相手もおらず、サッカーも当然できないわけです。
息抜きの方法を失ってしまったので、この期間はかなりストレスを抱えましたし、

「ここで一人ぼっちで勉強して、本当に力がつくんだろうか・・・」
「転校したほうがスキルアップになるんじゃないか、ここにいたらオレはダメになってしまうんじゃないか」

と悩んだことも一度や二度ではありません。
唯一息抜きはといえば、誰もいない屋外バスケットボールのコートで、サッカーボールを延々とリフティングすることくらいでした。




そんな若干孤独な時間を3ヶ月ほど過ごし、9月の新学期を向かました。
生徒はアメリカ各地から続々と戻り、学校にも活気がよみがえってきます。


そして迎えた朝一の集会で、驚くことが起きたのです。
(クリスチャンスクールなので、毎朝朝食後にチャペルで校長先生のお話があるのです)




そうです、耳に入ってくる英語の一つ一つが、完璧に理解できたのです。
校長先生の話す単語の意味はもちろん、スピードもまったく苦になりません。
いきなり神さまが降臨して、私に超能力でも与えてくれたかのように、パーフェクトに聞き取れるようになったのです。


予兆も何もなく、あまりの突然の出来事だったので、軽いパニックに陥りました。
うまく表現できないのですが、まるで自分以外の意思に身体が操られているかのような感覚を味わったのです。


そのときの衝撃体験をひとことで表すと、





?おぉ?・・・ぉおおおおおお!!!!??
ちょ、ちょっと待てぇぇぇぃ、すべて聞き取れてしまうぅぅぅぅぅぅぅ!!
なんだこれわ、いったいなにが起きたんだぁぁぁぁぁぁぁ~~~うわぁぁぁぁぁ~~
オ、オレは人間をやめるぞ、ジョジョーッ!!!




といったかんじです。
それくらいびっくりしました。


逆算すると、ちょうど留学から半年が経過していました。
私の場合、英語の神さまが降臨するのに、これだけの時間がかかったということです。


こういう現象が、語学を学ぶ方々すべてに起きるのかどうかはわかりません。
(もしかしたら、経験者には「あるある」と言ってもらえるのかな・・?)


この瞬間を境に、私の英語力は急速にスピードアップを遂げることになります。



つづく



代表 中山順司
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