白川先生、ブラックショールズの意義すら理解できない不真面目な学生ですみませんでした。と東工大生活を振り返る
Amazon在庫切れ本の書評特集というわけではないのだが、
「すべて僕に任せてください―東工大モーレツ天才助教授の悲劇」(今野浩)
は、東工大OBでなくとも、金融工学に興味がなくとも、処世術に悩む多くの組織人
および孤高の天才肌どちらにとってもおススメの1冊である。
Amazonで一時的に在庫切れとなっているが、リアル店舗に足を運んで探される際には、
ビジネス書コーナーではなく科学・サイエンス系の書棚に置かれている可能性が
高いので注意していただきたい。理工系の大学出身者でなければ、フーリエ解析やら
なんやらの難解そう?な数学関係の書籍群に、ちょっとひいてしまうコーナーかも
しれない。著者の今野先生は数理工学およびオペレーションリサーチの権威なのである。
この本は、惜しまれつつ若くしてこの世を去った東工大白川教授の半生を、
彼の師である今野先生が書き綴った回想である。なぜこの本が広くみなさんにとって
必読といえるかというと、組織人として要領よく降りかかる雑務をこなしつつも、
世界レベルの優秀な仲間に刺激を受けながら天才的な成果をあげ、さらにそれを
世間に正しく評価させるための、多くの示唆が含まれているからである。
白川先生が命を削って研究対象としていた金融工学の神髄を理解することは
できなくても、彼の生き様から学ぶべき処世術は吸収できるだろう。
読み始めれば、今野先生持ち前の文章力と登場人物の個性的なキャラのおかげで、
私も一晩で読了してしまった。難解な教科書的専門書を書きがちな東工大関係者の中に
あって「カーマーカー特許とソフトウェア」など一般の人でも読みやすい文章に
定評があるので安心していただきたい。
さて、私は94年から98年まで東工大の、しかもこの書籍の舞台となっている
経営システム工学科に所属していた。故に、本書の内容はほぼリアルタイムで
体験していたことになる。もちろん、思慮深さも視野の広さも足りなかった学部生の
目線からすべてが見えていたわけではないが、本書を読み返すことで、
「ああ、そういうことだったのか」と整理するだけの記憶は残っている。
当時の東工大ではいわゆる一般教養的な授業を学部1年のうちに集約していて、
機械・制御系の学科を束ねた4類として入学した私が、経営システム工学科に
所属していたのは正確には95年以降のことになる。家庭の事情で残念ながら
学部卒で就職してしまったので都合3年間先生方にお世話になった。
大学院が中心の東工大において、学部卒は裏切り者的存在なのである。
ちなみに、東工大はキャンパスライフを楽しんだり、何かを教えてもらいに
行くところではない。研究者が研究をするための機関であって、ついでに教えて
あげている、というより、自分の研究をラクにするために、後進を育てている
というイメージの方が近い。私も留学経験があるわけではないが、海外の大学に
近いという話をよくきく。工学・理学に特化していることから好き者ギークの
よりどころとなりやすい。偏差値ゲームや世間体だけなら東大を選ぶだろう。
ゆとり世代とはいわないが、「教えてください、どうしたらよいですか?」という
指示待ち現代風若者風情には厳しい環境なので、そういう人は行かない方がよい。
逆にストイックな人であれば、奇人、変人、天才キャラや海外からの優秀な
国費留学生も多く、刺激に困ることはない。
本書で述べられているとおり、白川先生は日本における金融工学の先駆者的
存在である。結果、リーマンやゴールドマンサックス、ドイチェバンクなどに
多くの優秀な卒業生を排出していた。同期で生涯所得を比較すれば、白川研が
ダントツだろう。諸先輩の活躍のおかげで、私が就職先を選んでいた97年当時には、
これらの会社から破格の条件での青田買いのお話を受ける状態になっていた。
金融にまったく興味がなかった当時の私もその例外ではない。
白川先生の奇人・変人・天才ぶりは、今野先生が書き綴っている通りである。
私が興味を無くした、というより、理解が追いつかず挫折した金融工学の授業は、
高校までは数学が得意で東工大にやってきた大半の秀才くん達の鼻を見事にへし折った。
彼の授業は、少なくともハタチそこそこの一般的な学部生には難しすぎた。
がんばって数式を追えたとしても、それに何の価値があるのか、凡人にはさっぱり理解できなかった。
そして、白川研所属ともなれば、日々是罵倒である。研究内容がそもそも難解、
さらにそれを数式責めで徹底解説。それも懇切丁寧に指導するため、白川先生の
パッションと崩壊しきったワークライフバランスに学生はつきあわされることとなる。
同年代で他大学に通う彼女から「なぜ学校がそんなに忙しいのか理解できないっ!」
といわれてキレられている姿を見かけることも少なくなかったほどである。
青春のカケラもない…にもかかわず、人気が高かった。
できるだけラクして卒業したい、という一般的な日本の大学生にとっては理解不能かも
しれないが、世界的にも研究業績を認められている白川研で罵声を浴びせられながら
育った卒業生は、金融工学スペシャリストとして実力・商品価値が高かったのである。
学部4年進学時に行われる研究室所属は、大学院含めその後3年間の生活を左右する
一大事なのであるが、意志決定論の大家もいる学科の所属決定に用いられる手法は、
伝統的にじゃんけんであった。もっとも公平な意志決定手法らしい。
私は希望通り圓川先生にお世話になることができた。学部で卒業してしまったことは
今でも申し訳なく思っているが、当時から優秀だった同門のひとりである鈴木定省は
若くして准教授になっており、着実に研究者として成果を上げているようだ。
彼の専門は昔から変わらず生産スケジューリングである。
鈴木准教授や、最近クラウド研究会などでお会いする機会も多い首藤准教授などの
若手ホープには是非とも東工大の良さを活かしてがんばっていただきたいものである。
白川先生は確かに天才ではあったが、組織人としては改善すべき点が多かった
という指摘をされている。彼は学部生だった私から見ても、下記3点はものすごく
苦手だった、というより、そういう行動やそれに焚けた人を軽蔑していたように思われる。
- 人を育てる、うまく使う
- 不必要な雑務は可能な限りかわす
- 洞察力と人間力でパワーゲームを制する
これらができなかったために、削られた命も少なくないだろう。
純粋な人ほどポリティカルな行動を嫌う傾向があるのもわからない話ではないが、
よい研究をして、位の高い論文誌で評価されれば、潤沢な研究費がまわってきて、
優秀な人材を集められる…という、マーケティング的視点に欠ける行動特性は、
一般企業でもよく見かけられる。よい製品をつくっていれば評価されたり
収益が上がったりするものではない。人の思惑が絡み合う世の中はもっと複雑だ。
と、上場を果たした50名ほどのスタートアップから、No.1ソフトウェアカンパニー
といえば聞こえはよいが、いわゆる大企業に身を置くことにした自分自身に
言い聞かせつつ、がんばっていきたいものである。
デラーズ「フフフ…いつもながら、お前の言葉は汚れなき清流のようだな。
ガトーよ、ア・バオア・クーを覚えておるな?」
ガトー「忘れようがありません。閣下にこの命、拾われました」
デラーズ「そうではない。あの時お前は、ジオンを再び興す為に生まれ変わったのだ。
その心こそ、大義!」
ガトー「…はい!」
デラーズ「大義を生まんとする者が、小事にこだわってはならん。
星の屑作戦を成功させる為には、お前の奪取したガンダムと、
我が艦隊戦力の充実が不可欠だったのだ。シーマは私が導く…」
ガトー「閣下!」
デラーズ「…ガトーよ、広く物を見よ!」
ガトー「閣下…心、洗われました…。死すまで、お傍を離れません」