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グローバル化する地球の中に、日本はどう立つのかを考える日々

デジタル時代の書籍とは何か、電子ペーパーの利点(かなり雑文)

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世の関心をiPad・Palm・Androidなどのスマートフォンが持って行ってしまったような状況であるが、電子書籍の業界も着実に動いている。

電子雑誌、東京の書店組合がiPad配信へ
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20100511-OYT1T00970.htm

Google、「Google Editions」で電子書籍販売に参入
http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1005/06/news044.html

東京都書店商業組合がiPadに参入というのは興味深い。
音楽業界は音楽CDが売れなくなった今、ライブに活路を求めたり、AKB48の様にコレクション性を高めてオタクを生み出したりと、収益構造の変革を勧めている。

#参考:野村総合研究所はオタクマーケティングフレームワークとして「3C【Collection(収集)、Creativity(創造)、Community(コミュニティー)】」を提言している。

東京都書店商業組合のこの動きは、紙の書籍販売で現在のビジネス規模・モデルを維持するのは難しくなっているという現実に真摯に向かい合い、書籍というコンテンツの流通業の将来を模索する動きとして興味深い。

さて、ここで「書籍」と言っているが、デジタルコンテンツにおける書籍とは何だろうか?
#「書籍」を図書館情報学上の定義にこだわらず、本とか雑誌・ムック等を特に区別しない。ゆるーい一般的な語としての書籍を指して使っています。

物理的実体があれば、「紙の束を想定して閉じた物〜〜」・「とりあえず本屋で売ってるそれっぽいもの〜〜」といったぐらいで書籍の定義に現実的な不具合は無いだろう。

しかし、例えばiPhone/iPadなら、クーリエジャポンのようにアプリ形式で提供されているという書籍もあれば、AmazonのKindleアプリケーションで読める書籍もある。

物理的実体がある書籍として発売されて、後日デジタル化されたされたものは、どんな形態で提供されてもとりあえず書籍というコンテンツであることは間違えがない。

しかしながら、元々は書籍であっても、元来がデジタルコンテンツであるWebページ等と変わらないデジタルコンテンツとして取り扱われていることもあり、元々が書籍だったことを知らないと単なるデジタルコンテンツと変わらないと言ったこともある。

別に全てはコンテンツなのでナンセンスな問いではあるが、デジタルコンテンツ時代における書籍とは、一体何なのだろうか?
電子書籍端末という言葉の「書籍」とは何を指している、指すべきなのか。

この問いに答えデジタルコンテンツ時代においても「書籍」という単語に存在を持たせる定義があるとすれば下のようになるのではないか。

1.コンテンツ開発の形態として、編集者・挿絵画家等、本文など主体部以外の製作・取り纏めに関わる存在が企画の元チームを組んでいるもの。

2.コンテンツの量として、文字数換算で10万字以上(薄い新聞・親書程度)あること。

予め企てた企画に従いチームという定義があれば、著者など主体部のコンテンツ開発者で殆ど作り上げられることが多い2010年程度のWebコンテンツを除くことが出来る。

コンテンツの量を定義すれば、Webページや携帯サイト上のコンテンツを除くことが出来、おおまかに本・雑誌を指すことが出来ると思う。

なんでこんな事を考えようと思ったか、考えたかというと、iPad・HP Slateなどのタッチパネル端末、iPhone・Palmスマートフォンに対して、Kindle・Nook・Sony Reader等の電子書籍端末の意味って何だろうと思いついたのがきっかけである。

iPadがあればKindleはいらないのか?
Kindleの恐らくヘビーユーザー(Inter National Herald TribuneとForign Affairsを定期購読)である著者の感覚で言うと、そんなことはないし、そんな事は合って欲しくない。

何故なら、Kindleなど電子書籍端末の用いる電子ペーパーはバックパネルという発光体を必要としないため目に優しく、消費に長時間かかるコンテンツに向いているからだ。

iPad一台にコンテンツ消費の殆どをまとめることが出来るかもしれないが、動画を見るデバイスと、長時間見つめ続けることを要するコンテンツを消費するデバイスは違っていた方が良いのではないかと思う。

そこで、単機能であっても(電子ペーパー端末であるKindleのWeb閲覧機能はまず使い物にならない)電子ペーパー端末(ほぼ電子書籍端末)が生き残ってくれるための条件は何だろうか。

それは電子書籍端末でないと消費しきれない長大なコンテンツがあればいい。それは結局の所、紙の書籍を源流に持つコンテンツだという風に至った。だから書籍を再定義してデジタルコンテンツ時代にも意義を見いだせるようにすべきなのか。

うーん、書いていて、電子ペーパー端末/電子書籍端末に生き残って欲しいから、書籍の再定義が必要?なんかトートロジーのようだ。
自分の思考や論旨が全然まとまっていない。

詰まるところ、電子ペーパーを使わないと消費するのに耐えがたいような、旧来の書籍的なコンテンツはデジタル時代に生き残れるのだろうか?
このあたりの問いの立て方じゃないとまとまりがつかないか。きっと今回のエントリーは問いの立て方がまずかった。
また落ち着いて考え直おそうと思う。

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