スマートフォンが産んだ波紋の大きさ
先日書いたiPadのコラムは、いろいろな意味を込めたものだったのですが、中でも一番言いたかったのはデジタルワールドの秩序、社会構造のようなものが、大きく変わりつつあるということです。
成功が約束されていたiPadが、その約束された成功よりも大きな成果を挙げた(瓢箪から駒ぐらいの勢い)のは、ユーザー側がむしろ盛り上がったせいでもあるですしょう。しかし、思ったより世の中に浸透した理由としては、スマートフォンの認知が拡がった事による地ならしがあったからだと思います。
そうした意味では、今の色々なデジタルワールドの変化は、クラウド型のコンピューティングモデルや、それによるアプリケーション構築モデルの変化といった切り口以外に、スマートフォンを起点にした波紋の広がりもかなり大きなものだと思います。
もちろん、パソコンメーカーはこの変化を大きなものだと捉えています。昨日、某PCメーカーの方から久しぶりに直電があったのですが、タブレットと家庭向けPCの"境界線”がどのあたりになるのか?で、まだ見定めることができていない、といった話をしていました。
業界が作ったムーブメントというよりは、クラウドの流行、ネットブックからiPadへとつながる一連の流れの中で、ユーザー自身がその流れを強め、大きなムーブメントに育てたものであるため、メーカー側はまだ追従し切れていないというのが現状でしょう(変化の意識はあっても開発は一朝一夕に進者じゃありませんから)
スマートフォンが与える波紋は、もうデジタルワールドの社会を、後戻りできないほどに変えてしまっています。4月22日に東洋経済新報社から発売する新刊は、そうした内容を包含し、デジタルワールドが”どんな形”になるのかをあがきますので、みなさん期待してくださいね