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心に残った基調講演 その1 〜ジュリアーニ氏に学ぶ危機管理〜

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 長くジャーナリストという仕事をしていると、毎年たくさんの基調講演を聞く。しかし、心の残る基調講演というのは実に少ない。最近、昔の資料を引っ張り出して過去の経緯を整理していると、そんな思い出深い基調講演にいくつか出会った。そのうちのひとつを、昔話として紹介したい。

 その基調講演とは、元ニューヨーク市長のルディ・ジュリアーニ氏が、2003年1月にIBM Lotus Softwareの開発者向けイベントに登場し、聴衆たちにITの重要性を語ったものだ。政治家のジュリアーニ氏だけに話が上手なのは当然だが、驚いたのは彼がITの活用と社会への影響について、実に的確に捉えているということだった。

 好む、好まざるに関わらず、我々市民は甘んじて困難な状況を受け入れなければならない状況を迎える時もある。そんなとき問われるのが、危機管理能力だ。我々はどのような心構えで、予測不能な困難な状況を乗り越えればいいのか。同氏の経験を踏まえ、危機管理とITを絡めた講演だった。

●楽観論こそ"希望"の光
 ジュリアーニ氏といえば、難しい状況にあったニューヨークを復活させた人物として、任期を終えた今でも人気の高い人物だ。もちろん、その名を知らないものは、日本においても少数派だろう。

 元々検察畑出身の同氏は、ニューヨークが最も荒廃していた93年に市長に初当選。80年代から続いていた"犯罪の街、ニューヨーク"のイメージを大幅に改善し、3億4000万ドルにも及ぶ財政赤字からも救って見せた。さらにあの9.11同時多発テロ事件当時、市長として強いリーダーシップを発揮したことでも知られる。

 僕は彼について、ともすれば強引で、強権的なイメージを強く抱いていたのだが、実際に登壇したジュリアーニ氏は、情熱的だが正義感に溢れ、自分が正しいと信ずることをやり遂げる意志を感じさせる。そんなまっすぐに目的に向かって進む人のように見えた。おそらくそんなところが、報道を通じての彼を”強権的”と感じた理由だろう。

「子供の頃、親父に結婚式は出なくてもいいから、葬式にだけは必ず行けと言われた」というジュリアーニ氏は、今は亡き父親の言葉について話す。不測の事態で精神的に混乱し救いを求めている状況でこそ、リーダーシップの善し悪しが問われるというのだ。9月11日の惨事しかり、93年当時の犯罪率しかり、慢性的構造的な赤字財政体質しかりだ。

 ジュリアーニ氏は、こうした困難に立ち向かう時に、何を心がけて物事を進めればいたのだろう。彼は自分の経験から得た二つの"心構え"を挙げた。

 ひとつは楽観性である。「悲観論者はすべての事柄について、ネガティブな面のみを指摘する。しかし、そこから生まれるものは何もない。単なる絶望があるだけだ。一方、楽観論者はどんなに悪い状況からでも解決策を見つけることができる。成功の確率は高くはないかもしれない。だが何か行動を起こせば、そこには結果が生まれる。正しい結果へと物事を進めるには、そうした行動の積み重ねが必要となる(ジュリアーニ氏)」

 そしてこうも付け加えた。「絶望の中でリーダに必要なのは、他人にも希望を与える存在であること。絶望の中で、さらなる絶望を呼ぶ考え方や行動は慎まなければならない」とジュリアーニ氏。

 もうひとつの心構えとは、万難を排するための周到な準備である。必要な改革ならば、強引にでも前へと進める豪腕ぶりで知られるジュリアーニ氏だが、その背景では周到な準備と根回しを行っていたという。氏は軽犯罪を徹底的に取り締まることで、犯罪率を下げることに成功した。以前は凶悪犯ばかりを追い回して窃盗容疑者を放置し、数ヶ月後に窃盗犯が殺人犯へと変貌する。そんな悪循環を繰り返していたが、市民団体や警察幹部への根回しを行いながら、ニューヨーク市警の体質改善へと正面から取り組んでいった。

 もちろん、その周到性は非常時対策にも活かされていたはずだった。ジュリアーニ氏は自らを「用意周到で隙のないカタブツ」と評する。ありとあらゆるリスクを考慮しながら、市政へと取り組んできた。とは言うものの、「さすがに9.11事件は想像を超えたレベルの出来事だった」と回想する。

●"心構え"が無意味な時、必要なもの
 "心構え"は重要だが、それが無意味なほどの大きな事件というものは、やはり存在するものだ。予想を遙かに超えた事態が起こったとき、心構えだけで対処することはできない。心構えだけではダメとすれば、リーダーたるものはどのようにして困難を乗り切るべきなのだろうか?

 ジュリアーニ氏の場合、9.11事件に直面してからすぐに、関連するスタッフの連帯を強めるためのコミュニケーションを高めるシステムを構築することで、より素早い困難への対応を行えた。「優秀なスタッフを集めることは難しくない。しかし優秀なスタッフが集まるだけで、良い結果を得られるわけではない。良い結果を得るためには、密なコミュニケーションで正しい状況を全員が同じように把握できる体制が必要(ジュリアーニ氏)」というのが、その理由である。

 9.11事件の場合、事件現場や市内の主要な施設、それに市庁舎、ジュリアーニ氏自身の間で情報を共有し、全員が同じ目標のために進むことができたことが、最悪事により良い対応を行えた最大の理由だという。どんな事柄でも、現場の状況をしっかりと把握していなければ判断を見誤ってしまう。それを避けるため、同じ目標を持つものが"仲間"として、共に最大限の力を発揮できるコラボレーション環境を作れるか否かが、あらかじめの準備では対応できない"その先にある"状況下での対応の差を決定付ける、というわけだ。

 彼はこうも話した。「コラボレーションと簡単にここでは言ったが、同じ目標を持つための"共通認識"、つまりコンセンサスを取ることは本来非常に難しい。普段から密なコラボレーションを行えるシステムを研究し、目的に応じた手法を実践している必要がある。有事の時、我々は幸いにも優秀なシステムベンダーの協力を得ることができた。しかしビジネスの現場で、何らかの不測の事態が発生した時、頼ることができるのは自分たち自身が蓄積してきたノウハウに違いない」

 もちろん、よりよいコラボレーション環境の構築は、ビジネスを成功に導く場合の鉄則である。より良いコミュニケーション環境を作り、チームとしての生産性や創造性を高める努力は怠るべきではない。コミュニケーションのシステムを構築するために、多くの予算を投入している企業も少なくないはずだ。しかし、実際には多人数でのコラボレーションを支える基盤である情報システムを、きちんと使いこなしていない場合もある。

 ジュリアーニ氏が言うように、単に優秀な人材を集めるだけでは良いチームとなりえない。同様に、良いと言われる情報システムを導入しても、導入するだけでは良い情報システムにはならない。良いチームを作り上げるために、どのように使いこなすのか。良い情報システムプラットフォームを構築した上で、より良いチーム作りのノウハウを探し出すことにこそ価値があるとも言える。

 近年、情報蓄積型のグループウェアは、初期にあった「なんでも溜めておいて、あとから探す」ものから、グループのサイズやタイプに応じて様々なコラボレーションの切り口を設け、蓄積して再利用することよりも、コミュニケーションの強さ、速さ、人物アトリビュートの管理を重視する方向に変化してきた。

 徐々に、ユーザーの実態に近付いていると言えるのだろうが、いずれにしても、そのグループ、チームをまとめるリーダーが強い意志を持って牽引しなければ、どんな道具も意味がないということか。しかし逆の視点から見ると、強いリーダーシップを発揮できれば、ITはその力を何倍にも高めてくれるのかもしれない。

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