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ネットは未完成のイノベーションだ ~「大停滞」をどう乗り越えるか考えたい~

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重たい話になるが、この不況があとどれだけ続くのか、口には出さずとも多くの人が不安に思っている。日本だけの話ではないし、既に欧米先進国はどこも元気がない。
世界的にみても、需要拡大を担ってきた先進国がどこも元気がなくなっているので、今の不況はかつての不況とは様子が違うぞ、と薄々感じている。

果たしてこの不況はどれぐらいシリアスなものなのか?

過度の悲観論は成長機会を見失うリスクもあるが、それをうち破るために登場する大切な役目もある。だからときには冷静さをもって、より長い目線で現実をとらえてみる必要がある。

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大停滞
タイラー・コーエン(著)、池村千秋(訳)、若田部昌澄(解説)
原著タイトルは The Great Stagnation: How America Ate All the Low-Hanging Fruit of Modern History, Got Sick, and Will(Eventually) Feel Better

著者いわく、世界不況は2008年のリーマンショックからではない。実は1970年代から既に「大停滞」の時代に入って現在まで続いているということに、我々は気付かなくてはならない、と。

この大停滞は「容易に収穫できる果実は食べ尽くされた」ことが原因になっている。

容易に収穫できる果実とは、──①無償の土地(ヨーロッパから移住した頃には未開拓の土地が豊かにあった)、②イノベーション③未教育の賢い子どもたち(土地に縛り付けられた若者を解放)──といった3つの成長余地を指している。これらの成長余地が尽きたことが、今の大停滞につながっている。確かに悲観論だが、冷静に認めなくてはならない事実だろう。

米国中心に描かれながらも、時々日本が「日本人は経済の停滞と共存する方法を見つけた」として、この大停滞時代の先進モデルとして引用されている。しかしこれは手放しで喜べない。皮肉に取る必要はないが、次の繁栄を求めて闘うことが必要だとするのが著者の真意だからだ。

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興味深いのは、インターネットの果たした役割についての著者の分析。
これは3つの果実のうち②イノベーションの一つ。
イノベーション足るゆえんとして、インターネットは、ものの値段、生産のあり方、収入や雇用のあり方について、世界的に大きな影響を及ぼした。

だからインターネットの登場はこの大停滞時代の数少ないイノベーションだったと言えるだろう。インターネットの普及によって、モノを買わなくても楽しめる娯楽が増えた。いわば物質主義からの脱却が進んだということだ。

しかし物質主義からの脱却は素晴らしいが、大きな痛みも伴う。雇用が増えないのだ。
例えば時価総額5兆円とも言われるフェイスブック社の社員はたったの2000人。だから裏から見ればインターネットは貧困の原因にもなっているという現実も見えてくる。

このようにインターネットがイノベーションの一つであるのは紛れもない事実だが、この時代の停滞の原因にもなっている事実から目を背けてはいけない、というのが本書の主張。

その意味で本書は、ネットに関わる人たちに大きな命題を突きつけていると感じなくてはならない。私見だが、インターネットがもたらした今の姿は未完成なイノベーションの姿と思うべきだろう。本当に繁栄のインフラになるのはこれからなのだ。果たしてこの先インターネットはどんな繁栄を作り出せるか? と本書は問いかけてくれている。

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解説の若田部氏によれば、著者タイラー・コーエン氏は「コントラリアン」と自称しているらしい。コントラリアンとは人と反対のことを言う人で、いわゆる天邪鬼(あまのじゃく)。

とはいえ本書は米国では、今年1月に刊行されるや否や政策関係者の間で大きな論争を呼び、経済危機を短期的現象ととらえるこれまでの議論を長期的視点からへと転じさせた、という話題の書。

データの引用に問題があるという専門家の指摘もあるようだが、分かっている話を緻密なロジックで滔々と論じられるより、仮説を含んだ話を骨太に展開されるほうが気持ちよい。ビジネスパーソン──実感値で仮説を検証できる──にとっては、適度に緻密さを省いてくれた分かりやすい経済解説ではないか。ちなみに本文は150ページほどしかない。

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