与えられたフレームでしかものが見えていない。謙虚になって、1人1人が実践できる流動化を考えたい
イノベーションとは何かについて誰もが何らか意見を持っているが、実践は難しい。
要件として理解できていても既存のフレームと衝突してしまうからだ。ビジネスの場合でいえば共食いのようなことが起きるから、実践しようとすると難しいことになる。
フレームとは文字通り「枠組み」のことで、要件の集合みたいなものと思えばいい。
例えば携帯電話のような製品の場合、価格と技術的スペックの組合せでものを見る人と、価格と体験的価値の組合せでものを見る人とではめざすものが異なり、一緒に開発を進めることが難しくなる。だから、あるフレームが常識になっている人たちに対して新しいフレームを提案しても、受け入れられず挫折してしまう。
したがって、「空気を読めない」のを天然で演じられる人は貴重な存在だ。
精神疾患の一つ、アスペルガー症候群は人間関係の形成に障害を来すと言われているが、まれに天才──「空気を読まない」ので他人とフレームを共有することをせず、とてつもない集中力を発揮するタイプ──を生む。ビル・ゲイツ氏や故・スティーブ・ジョブズ氏がそうだったと言われる。
しかしこうした人たちは日本で成功するとは思えない。
イノベーションとは何か
池田信夫(著)、東洋経済新報社から
ゲイツ氏やジョブズ氏の偉大な功績は、90年代に米国経済を甦らせたことだろう。
日本でも90年代の米国のようなダイナミズムを取り戻すことができるのだろうか。 ──本書の命題はここにある。
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紹介された二つのケースが印象的だ。
一つは「ソフトバンクのまぐれ当たり」 (第6章 成長のエンジン)。
ソフトバンクの通信業参入が成功し、それによって日本のブロードバンド環境が劇的に整備されたのは、日本で起きたイノベーションと言える。しかしこれはNTTへのアンバンドル義務づけ(回線を他社に開放させること)が無ければ実現しなかった。そしてそのアンバンドル規制は外圧が原因だったと言われている。
もう一つは「ソニーの失敗」 (第8章 日本の挫折)。
iPodのような携帯メモリーオーディオは、本来ならソニーが先に開発していたはず。ソニーがイノベーションを起こせなくなってしまったのは何故か。その理由は、経営がアナログ派とデジタル派のフレームのギャップを埋められなかったことが大きい、と言われている。カンパニー制の導入は、経営の求心力(イノベーションに必要な)の無さを覆い隠すことになり、戦略を整合させることを放棄してしまう格好になった。
──このように業界内や社内のフレームを転換するのは極めて難しい。
ソフトバンクのケースのように、やはり外圧という偶然の外的要因が加わらなければイノベーションを起こせないのか?
改めて、今自分たちが陰に陽に持っているフレームについてすら、自力で獲得したというより「天から与えられたもの」と思うぐらい謙虚に思わねばならないのだろう。
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とくに情報産業はライフサイクルが短く、それだけ頻繁にイノベーションが起きたことを示しているわけだが、自動車産業などが健闘を続けているのに比べ日本企業が急速に劣勢に立たされるようになった。池田氏はこの情報産業の動向に大きな注意を払っている。
情報という資源は、他の資源と異なって「非競合的資源」と言われる。
非競合的というのは、資源をとらずコピーができるという点で他人の利用を妨げないという意味。情報産業は他の産業とこの点で大きく異なった商材を扱っている。
歴史的に絶えず資源の制約に悩まされてきた日本人にとって、競合的な資源(情報以外の資源)への対処は問題ないだろうが、非競合的な資源(情報)への対処はかえって疎かになるだろう。これが日本が情報産業で劣勢に立たされる一因になったのではないか。
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さて今後、あらゆる産業において“情報産業化”が少なからず進んでいくだろう。
するとやはり日本は衰退していくのか?
しかし池田氏は終章で「日本の衰退は、宿命とも言い切れない」と言っている。
米国の90年代復活は「労働市場と資本市場の流動化」にあると言っているように、キーワードは市場の流動化だ。
簡単にできることではないが、日本でも同様の状況が必要になるだろう。
本書は「イノベーションとは」という表題のとおり、イノベーションの難しさを明らかにすることは十分果たしていると思う。ただし実践はとなれば、方法論やノウハウとして説明しようのない難しさも漂ってくる。
しかし分かる人は体で分かっているようなものじゃないだろうか?
日本は政策が先回りして動く国ではない。外側の条件を整備することよりも、追い詰められつつある状況を受けとめることのほうが肝心だ。
私自身もまた「1人1人が実践できる流動化」について考えるときが来たのではないかと感じている。
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<追記:勉強会を開きます>
本書を読み終え、できれば本書を題材に「1人1人が実践できる流動化」について勉強会を設けたいと思いました。
本書には、イノベーションを困難する私たちの、発想法、プロジェクト評価やファイナンス、組織文化、戦略、そして国レベルの話になりますが産業政策や法規制に絡み、様々な問題点を事例豊かに示唆してくれています。とはいえ1人1人の立場でできること、できないことがありますので、これらの問題を整理するところに重点を置き、各自の課題抽出につながっていくような勉強会にしたいと考えています。
どうぞみなさんのご意見をお待ちしております。