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なぜ議論はすれ違うのか~ マクロ的視点とミクロ的視点が交錯するコミュニケーションの課題

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〇マクロ的視点とミクロ的視点は混ざると議論は噛み合わない

世の中には、延々と終わらない、平行線の議論が起こります。
テレビの討論番組でもそうですし、
皆さんの会社や学校、あるいは家庭内でもそうでしょう。
時間ばかりかかって、結局結論の出ない不毛な議論は、
往々にして「マクロの視点」と「ミクロの視点」が混ざり合って、
噛み合っていないことが多いように見受けられます。
簡単に言うと、
マクロは「全体を見る視点」
ミクロは「個別を見る視点」です。
森ならばマクロは森全体を見る視点、
ミクロは木々を見る視点です。

例えば、景気の議論を考えてみましょう。
ある人は言います。
「企業利益は過去最高、株価も高水準、雇用も安定している」
これはマクロ(巨視的)な視点です。 国家全体、統計、平均値を見ています。

一方で、別の人は言います。
「給料は上がらない、スーパーの食品は高い、中小企業はカツカツだ」
こちらはミクロ(微視的)な視点です。 個人、家庭、現場を見ています。

一見、激しく対立しているように見えますが、
これらは本来双方とも「反論」になっていません。
なぜなら、「全体としては上向いている」と「個別の現場は苦しい」は、
どちらも事実であり、同時に成立するからです。
それなのに、ずっと双方がその主張を繰り返しても、
よりよき議論の結論は出るわけがないのです。


〇なぜ、私たちはマクロとミクロの整理がうまくないのか?
ところで、我々は議論をするとき、なぜこの「視点の整理」が苦手なのでしょうか?
ひとつの理由は、私たちが議論の席に、
「論理」と「感情(当事者意識)」を同時に持ち込んでしまうからかもしれません。
理路整然とした「マクロ的な数値(論理)」を突きつけられてると、
「ミクロ的な個人の感情」が軽視されたように感じてしまい反発が生まれるのです。

しかし、話を噛み合わせるために必要なのは、相手を論破することではありません。
もし、議論が紛糾すれば、
「それはマクロ(全体)の話ですね」
「これはミクロ(個別)の話ですね」と、話の視点を整理することも大切です。
この整理をすることで、不必要な対立は劇的に減るはずです。


〇本当にコミュニケーションがうまい人とは

本当にコミュニケーションが上手な人とは、相手を言い負かす人ではありません。
相手が"地図の話をしているのか"、それとも"足元の話をしているのか"を瞬時に見極め、
「いま、どっちの方向から見た話をしていますか?」と交通整理ができる人です。

次にもし誰かと意見がすれ違ったときは、
一歩引いて主語の大きさを確かめてみる。
それだけで、不毛な水掛け論は、
建設的な「対話」へと変わるはずです。
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