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エンターテインメント・コンテンツとメディア、ソーシャルネットワークの最新情報を紹介しながら、コンテンツとユーザーの新しい関係について、考えていきます。

『キュレーションの時代』(佐々木俊尚・著)が伝えていること

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佐々木俊尚さんの『キュレーションの時代~「つながり」の情報革命が始まる』を読みました。
ご本人がツイッターで「過去最高の自信作」とつぶやいていらっしゃいましたが、たしかに渾身の力作です。インターネットの現在と未来をしっかり見据えた良書だと思います。
常々私は、日本で語れているITにまつわる言説は、文化的な視点が欠如していると、不満に思っています。その中で佐々木氏は、ネットにまつわる社会現象を文化論的や文化人類学的な視野を持った論考をされていて、勉強になることが多いジャーナリストです。
著書『ネットがあれば履歴書はいらない』の、ネット時代のセルフブランディングの話は目から鱗が落ちました。他の著作を読んでいますし、有料メルマガも購読しています。本作もいち早く購入しました。

インターネットの発展(ソーシャル化)で、あらゆる情報の流れが変わることが、新たな概念のキーワードと共に提示されています。

「ビオトープ」(生息空間)という言葉は、ネット上に趣味嗜好別に存在している場所があるということを表し、適切にビオトープを見つけて、アクセスすることが必要だと説きます。

「背伸びをした記号消費」から「応援消費」へという言い方で、現在の成熟した消費者の行動原理を解き明かしています。

「アンビエント化」は、常時接続とクラウド化であらゆるコンテンツに、いつでも制約なく触れられる状態を示し、音楽の楽曲などに顕著に起きている、その作品の背景が切断され、ユーザーによって再構築され続けていくことを説明します。

そして、「キュレーション」では、人的ネットワークの接点になる人が、適切に情報を補足&拡散することが主流になっている現状を伝えます。

また、「チェックイン」をプライバシー問題をクリアーする方法として注目しています。ネット上の自分の位置情報の公開をチェックインという、シンプルだが能動的な行為で行うことの意義を、情報収集と自分の指向(嗜好)を公開するという二つの点から語っています。


2011年の現状を、ここまで踏み込んで整理した本は他に無いと思います。あとがきに、ネットの現状に関して細かな「戦術論」ばかりが溢れていて、中長期的な「戦略」が無いとありますが、全く同意見です。


それにしても、旧世代にとっては、非人間的の象徴だったインターネットが、進化(ソーシャル化)していって、総合的な人間力、コミュニケーション能力、継続的な信頼性が求めらるようになったのは、面白い事ですし、歓迎するべきことですね。

ただ、消費者には、様々なシチュエーションにおける、新たなノウハウが(コツって感じかも)必要になっています。盲目的に受け入れるのでも、感情的に拒否するのでもなく、どう活用するかの視点が大切だと思います。

コンテンツのプロデュースという立場だと、意思を持ったユーザーと継続的な信頼関係を結んだ上でマネタイズすることが、これまで以上に大切だなと改めて思い、肝に銘じました。
もちろん、フェアでオープンなプラットフォームが充実していことが重要です。できれば、上から啓蒙型のアップル社方式ではなく、アーティスト(やクリエイターやプロデューサー)とユーザーがイニシアティブをとれるプラットフォームの仕組みができていくことを願っています。


最後に、素晴らしいこの本に一つだけ苦言を。
冒頭や第一章で、音楽や映画の実例をあげえているのですが、エンターテインメント分野のビジネスに対する理解や解釈が浅薄なのが残念です。
前作「電子書籍の衝撃」のような明らかな誤りは見あたらないのですが(以前、個人ブログで指摘しましたので、興味のある方はこちらをお読み下さい。)
例えば、映画『ハングオーバー』公開の顛末も、私が映画関係者から聞いた裏話とは、かなりのずれがあります。
著者には珍しく、自分の都合良い側面を切り取って解釈し、ロジックに無理に、ハメ込んでしまっている印象です。
いわゆるギョーカイ人は、「自分のムラの話をヨソモノにちゃんと説明しない」性癖があるので、自戒しなくてはいけないとも思うのですが、何故、エンタメビジネスに限って著者にバイアスがかかってしまうのか、残念でなりません。
そんな訳で、読者の方には、音楽業界と映画業界の部分については、若干のバッファーを持って読んでいただきたいと思います。

そのことを割り引いても、『キュレーションの時代』は、あらゆるジャンルのビジネスに有益な、素晴らしい本です。 
私たちのおかれている環境の今日と明日を確認するために、ご一読をお薦めします!


昨秋から読書記録をつけはじめ、公開しています。実はこれも佐々木俊尚さんの影響なのですが、ご興味のある方はご覧下さい。

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山口哲一(音楽プロデューサー・株式会社バグコーポレーション代表取締役)
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