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地方都市のおじさんが思う「家族と仕事とお勉強のワークライフバランス」

11年前にタイ・タオ島、とあるネットカフェの日本語環境の設定をしたのは実は私です 〜ジンベイザメも見たよ〜

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 お風呂に入っていると、
 「パパが、昔、行ったことがある島だけど、テレビでやってるよ!」
 と、突然、長男がやってきた。(長男はそんなことは知らないので、多分、妻に伝言するように言われてきたのだと思う。)独身の頃は、度々バックパックで旅行をしていたので、アジアを中心にいろいろ島には行っている。
 「なんていう島なの?」
 「ん〜、わかんない・・・」
 「なんて言う国か聞いてきてくれるかな?そうすれば、なんていう島か分かるよ!」
 しばらくすると、妻がやってきて、
 「懐かしいよ!タオ島やっているよ!チュンポン・ピナクルだって!」
 お〜、懐かしい!と思い、シャンプーも切り上げて、速攻、体を拭いてテレビの前までやってきた。

 某民放・世界の果てに旅する番組で、キンセイフエダイの群れを探しにタイに行くとの内容。残念ながら、前半部分はお風呂に入っていたのは見ていない。

 舞台になっていたタイ・タオ島には、これまで、数回(多分、3〜4回ほど)行っている。初めていったのはいつだったかと思い、ダイビングのログブックを探して調べてみた。
 1999年5月に、タイ・サムイ島で初めてCカード(ダイビングのライセンス)をとり、その際にタオ島の近くまで行っている。(ポイントは、Sail Rockとのログがある。)
 翌2000年5月に、タオ島まで行っている記録があった。当時は、貧乏(今もお金持ちではないが)だったので、タイ・バンコク市内(カオサン)からバス&ボートのチケットを購入して、車中1泊でタオ島まで行った。料金は記憶にないが、数千円程度だったと思う。長時間バスに揺られながら、朝3時過ぎに見知らぬバス停で降ろされ、蚊が舞う中数時間を謎の小屋で待ち、その後、ぎゅうぎゅう詰めのボートに乗せられて到着した島が初めてのタオ島だった。
 初めての南の島(?)に、その光景は新鮮で
 「あぁ〜、果てまで来たなぁ〜」
 と思った。

 当時、島にはダイビングスクール中心のショップが4〜5件あるとの情報がガイドブックに載っていた。島についてから、港(当時の港はこちら)近くのエージェントで、ダイブショップを紹介してもらった。

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 ダイブショップというもののサザエさんのEDに出てくるような小屋で、ファンダイブを申し込めば、併設しているバンガローにも割引で泊まれた。バンガローといっても、ベットに蚊帳があるだけで、小さな扇風機と電球があった。無論、夜遅くになると電気は切れてしまうので、扇風機もあまり意味はない。シャワーは真水だったのでよかった。(真水というのは、海水ではないという意味で、決して飲める水ではない。)

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 当時は、まだまだ、ダイビングも初心者だった私だが、運がよかったのか、今回のテレビ番組のように、ジンベイザメに出会えた。番組内では、遭遇率は1/150とのことだが、私はなんとダイビング22本目(普通ダイビングは、回ではなく本で数えます。)でのご対面。ログブックによると・・・

 2000年5月3日 9:48〜10:35
 最大深度 24m
 透明度 14m
 水温 28.8度
 ポイント : South west Pinnacle

となっている。

 自分より、遥かに大きな魚が悠然と目の前を通り過ぎるのは壮大で、驚きというよりも雰囲気に飲み込まれるような感覚もあった。

 翌年、当時の彼女(当然ながら今の妻)を連れて、この島まで来ている(妻は、あまりワイルドなアウトドア派でもなく、今思えば、よくこんな島(特に、移動手段含む)まで一緒に来たなぁと思う。)が、残念ながら妻はジンベイザメには出会えなかった。無論、この私も、以降ダイビングは100本を超えているが、再びジンベイザメには出会えていない。

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 さらに、当時(2000年)は、まだまだインターネットも普及しつつあるといった段階で、海外、それも地方の小島で日本語入力ができる環境が整っていることは皆無だった。そこで、旅行までに、マイクロソフトからIMEをダウンロードしておき、CDに焼いて持っていった。
 タオ島のインターネットカフェ(といっても、PCが置いてあるだけで、回線も超低速)にて、店員さん(といっても、まったりモードのお姉さん)に相談してインストールの許可をもらった。許可とは言うものの、「このソフトを入れると、日本語が入力できるんだぞ!もし、日本語入力ができれば、日本人のお客さんがみんな集まるよ!そうしたら、ハッピーでしょ!」と延々と説得した記憶がある。
 結果的にインストールでき、日本語入力環境が整った当時タオ島唯一のインターネットカフェとなった。CDも彼らにプレゼントし、お礼に現地のお土産らしき文具をもらった。

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 日本語入力していると、店員さんがやってきて、「日本語対応しているいう内容でポスター書いて欲しい!」とのことだった。確か、”日本語入力できます!”とマジックでペン書きした記憶がある。前述の通り、翌年、妻と再度訪れたときに、このネットカフェにいったら、自分が書いたポスターがコピーされて、複数毎貼ってあったのを覚えている。(残念なのは、このポスターに自分の名前を書いておくことを忘れてしまったことだ。)


 今思えば、本当に懐かしく思う。

 最後だが、その後、長男ができ、妻と私の両親を連れての家族旅行でタイ・サムイ島まで行ったとき、スピードボートでタオ島でファンダイブしたが、港近くにセブンイレブンの看板が見えたとき、なんだか残念な思いがした。まったくもって、贅沢なのかもしれないが、便利になってほしくはない場所もあってもいいと思う。

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