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新解7を引く日 【『新明解国語辞典 第七版』刊行記念】

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(クリックするとAmazonに飛びます)
編集者たるもの、辞書を引かない日はありません。最近の小型国語辞典は優秀で、どれを選んでも困ることはありません。そんな中、『新明解国語辞典』だけは別格でありまして、人生語らせたら天下一品とでもいいましょうか。しびれます。

さて、このたび "日本で一番売れている国語辞典" (新聞広告まま)の『新明解国語辞典』が7年ぶりに改訂され、第七版となりました。筆者も12月1日の発売日に入手しました。

『新明解国語辞典』は、通称「新解さん」と呼ばれていますが、筆者はもっとエッジをきかせて

「新解7」(シンカイセブン)と呼んでいます。
なお、筆者が入手した版は「白い」装幀の特装版でありまして、この場合は

「新解7W」(シンカイセブンホワイト) となります。

三省堂のパンフレットによりますと、最新の新解7では、若干判型を大きくして見やすくし、新語も約1000語追加、語釈にもさらにみがきをかけたとのこと。さらに、「文法」欄を新設し、ことばの用法にも厳しく突っ込んでおると、そう申しております。実際、中身を確認したところ、改良・改善された箇所はまさしくそのとおりになっていて、造本もまったく問題ありません。おすすめの一冊と言えるでしょう。

新明解国語辞典 第七版(三省堂辞書サイト)
http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/dicts/ja/smk_kok7/


それで、冒頭に述べた「人生語らせたら天下一品」とはどんなところなのか。
思うに、新解さんらしさが出ているのは、やはり【世の中】でありましょう(※1)。

そこで、近年台頭著しい大修館書店の『明鏡国語辞典』と、
 
大辞典代表で『学研国語大辞典』(電子辞書版)、

そして昔の新解さんである「新解5」(シンカイファイブ)とを比較してみることにします。
まずは、『明鏡国語辞典』です。

よのなか【世の中】〔明鏡国語辞典〕
人と人とが互いにかかわり合って暮らしていく場。社会。世間。また、その事情やならわし。

さすが、簡明・簡潔、優等生ぶりが発揮されています。文句のつけようがありません。
次に『学研国語大辞典』は、次のような感じです。

よのなか【世の中】〔学研国語大辞典〕
〔その時代、時代に〕人々が互いにかかわりあって生活している場。社会。世間。
《類義語》浮き世。娑婆(シャバ)。巷間(コウカン)。市井(シセイ)。
◆ お前のような狭い量見で社会(ヨノナカ)の人と交際が出来るものか〔島崎藤村・家〕
◆ 私たちは…支那間で本を読んだり、お茶をいただいたり、ほとんど世の中と離れてしまったような生活をしていたのである〔太宰治・斜陽〕

『学研国語大辞典』も語釈はすっきりしてますね。

ところで、『学研国語大辞典』は類義語や用例が豊富で、文章に関わる仕事の人には特にオススメです。電子辞書版だとシソーラス機能もクリックするだけの簡便さで重宝します(下図参照)。

『学研国語大辞典』の【世の中】
1
『学研国語大辞典』の【世の中】の「シソーラス」画面
2
Super日本語大辞典 全JIS漢字版 CD-ROM版(学習研究社)
http://www.amazon.co.jp/dp/4053008913


ちょっと脱線してしまいましたが、新解5はどうでしょう。

よのなか【世の中】 〔新明解国語辞典 第五版〕
1. 同時代に属する社会を、複雑な人間模様が織り成すものととらえた語。愛し合う人と憎み合う人、成功者と失意・不遇の人とが構造上同居し、常に矛盾に満ちながら、一方には持ちつ持たれつの関係にある世間。
2. 現在の時点・環境を、これまで経験してきた環境となんらかの意味で比べて批評して言う語。時代。時節。

実に社会派な記述です。いったい過去に何があったんだ!と思ってしまいますが、新解7ではどうなったでしょう。

よのなか【世の中】 〔新明解国語辞典 第七版〕
1. 社会人として生きる個個の人間が、だれしもそこから逃げることのできない宿命を負わされているこの世。一般に、そこには複雑な人間関係がもたらす矛盾とか政治・経済の動きによる変化とかが見られ、許容しうる面と怒り・失望を抱かせる面とが混在するととらえられる。
2. 〔第五版と同じ〕

うわっ、なんだかいまのご時世を予言したかのような語釈ですが、実は新解6と同じでした(※2)。しかし、なんだか重すぎて逃げ出したくなります。そういうときは【幸福】を引いて幸せな気持ちになりましょう。

こうふく【幸福】 〔新明解国語辞典 第七版〕
現在(に至るまで)の自分の環境に十分な安らぎや精神的な充足を覚え、あえてそれ以上を望もうとする気持をいだくことも無く、現状が持続してほしいと思うこと([こと=]心の状態)。

うーん、これは幸せな状態なのだろうかと沸々と疑問がわいてきます。もっとウキウキになる言葉というと…、そうだ、困ったときは、【たたらを踏む】のだ。

たたら 〔新明解国語辞典 第七版〕
足で踏んで空気を送る、大形のふいご。
「─を踏む〔=目標から外れたり かわされたりして よろめく足を、なんとかして その場に踏みとどまろうとする〕」

筆者は、まさにこういう状態であった。剣呑剣呑。

けんのん【「剣呑」は借字(かりじ)】〔新明解国語辞典 第七版〕
あぶないの意の古風な表現。

あやうく新解7の迷路に迷い込むところでしたが、もうひとつ新解さんらしいものをご紹介しましょう。【読書】です。

どくしょ【読書】 〔新明解国語辞典 第七版〕
〔研究調査や受験勉強の時などと違って〕一時(イツトキ)現実の世界を離れ、精神を未知の世界に遊ばせたり人生観を確固不動のものたらしめたりするために、(時間の束縛を受けること無く)本を読むこと。〔寝ころがって漫画本を見たり電車の中で週刊誌を読んだりすることは、本来の読書には含まれない〕

どうですか? 人生の深淵を見た気がしませんか。このままではいけない。自分には為すべきことがある。そういう気持ちになってきます。

   (筆者、かすかにブーイングらしきものをキャッチ。
                  壇上から会場の人たちを順に見ていく) ←ト書きです。
   (ある一人の青年のところで視線が止まり、〔筆者の〕頬の筋肉がこわばる)

そこのキミ!「それって違うだろ」という顔をしたキミだ! 頑固で口数の少ない岩波先生のように

どくしょ【読書】 〔岩波国語辞典 第六版〕
本を読むこと。

でいいんじゃね、と思っているだろう。いやいや、そうではないぞ。新解さんは版を経るごとに深みを増し、新解7へと世代交代を果たしただけではない。さらに新解8、新解9、……、無限の未来へと続き、「新解∞」(シンカイムゲンダイ)となる運命にある。これはもはや永劫回帰(© ニーチェ)と言えまいか!


ああ、すみません。ちょっと興奮してしまいました。ちょっと水を飲んで、気を落ち着けます。

   (筆者、壇上のコップを手に取り、水を飲み干す) ←しつこいですが、ト書きです。

最後に、国語辞典のめくるめく耽美な世界を探求しているサイトを紹介して終わりにします。
次に紹介するサイトは、趣味ながら、かねてより国語辞典に関する研究を積み重ねてきた「万省堂主人」の手によるものです(もちろん、筆者の別名などではありません)。このような立派なページを制作されたこと、心より御礼申し上げます。

皆さんにはひとつだけ、ご注意があります。

勤務中には決して見ないでください。

静まりかえったオフィスで、突然笑い出すと変な人だと思われますので。
それでは、ごゆるりとご堪能ください。

D-1 最強国語辞典王者決定戦「新明解国語辞典を読む」万省堂
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/3578/mainpage.htm#D-1


ご静聴ありがとうございました。


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※1 【世の中】はいかにも新解さんらしい語釈であるためだと思いますが、新解7だけでなく新解6のときも新聞広告で取り上げていました。なお、2011年12月1日の朝日新聞全面広告で取り上げられている言葉は、以下の20個です。
公約、政界、善処、選良、官僚的、ジャーナリスティック、好人物、サラリーマン、凡人、実社会、正論、世の中、おこぜ、鴨、ズワイガニ、はまぐり、入れあげる、のろける、恋愛、さることながら

※2 新解6と新解7の違いは、「捉え」が「とらえ」と開いただけ。ちなみに「開く」とは、業界用語で「ひらがなで表記する」の意です。


【新解さんをより深く知るためのおすすめ本】
『新解さんの謎』赤瀬川原平 著、文春文庫
 http://www.amazon.co.jp/dp/4167225026
『新解さんの読み方』夏石鈴子 著、角川文庫
 http://www.amazon.co.jp/dp/4043604025/
『新解さんリターンズ』夏石鈴子 著、角川文庫
 http://www.amazon.co.jp/dp/4043604033/
『うめ版 新明解国語辞典×梅佳代』新明解国語辞典、梅佳代 著、三省堂
 http://www.amazon.co.jp/dp/4385363196/

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