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リーディング・スキル・テスト例題Q.16「消費」への疑問

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先日の週刊「東洋経済」誌10月12日号で「AIに負けない読解力を鍛える」という特集がありました。内容の大筋には同意するのですが、掲載されていたリーディング・スキル・テスト(RST)問題の一部に少々疑問を感じるものがありましたので触れておきます。

具体的には下記の問題です。

具体例同定(辞書)
Q.16 「消費」の定義:人間が欲望を満たすために,生活に必要な物資など(財・サービス)を使うことを消費という。

「消費」に当てはまるものを選択肢の中からすべて選びなさい。

①学生が大学に通って教育を受けること
②出張に行ってビジネスホテルに泊まること
③ピアノを使って曲を演奏すること
④暑いときや寒いときにエアコンをつけるために電力を使うこと

リンク先 にて参照可能(無料会員登録が必要))

この出題に対する正解が①②④だそうなのですが、実際には解釈次第でどうにでも答えが変わってくるので正解を限定しにくく、そもそもこのテストで出題するには向いていない問題である、と私は考えます。

その理由を知るために、まず「消費と投資」についての一般的な定義を確認します。
経済学には「消費と投資」という概念があり、「投資」は将来それ以上に帰ってくる「利益を生む」ための支出であるのに対して「消費」はそれを期待しません。
明瞭な差がある例を出すと

家族の朝食用のパンを購入する:消費
食料品店が商品として販売するパンを仕入れる:投資
家族の衣類を補修するためのミシンを購入する:消費
縫製工場がミシンを購入する:投資

要するに、同じ商品を購入したとしても、その用途によって消費か投資かは分かれます。もうひとつ例を挙げれば

一流のレストランで食事をする

↑これなどは一見「消費」にしか見えませんが、見込み客を接待するために開いた会合であれば「投資」に近い性格の支出と言えます。あるいは自分がレストランを開くための勉強/調査のために行ったのであればやはり投資です。

ということを念頭に置いて改めてRSTのQ.16を見ると「人間が欲望を満たすために,生活に必要な物資など(財・サービス)を使うことを消費という」という定義はひとまず横に置いておくとしても、選択肢を見ると「消費/投資」の解釈が一意に定まりません。。

①学生が大学に通って教育を受けること
 ↑これが「消費」に該当するという解釈は正直、「は?」というぐらいありえない。「教育投資」って普通に言いませんか? 「消費」という意識で大学に通っている学生が多数存在する、というぐらいまでは事実でしょうが、一般論として「大学教育への支出は消費である」というのはとても成り立たないでしょう。

②出張に行ってビジネスホテルに泊まること
 ↑これも「消費」に該当するという解答でしたが、出張というのはお金を稼ぐために行くわけで、「投資」的性格が強い行動です。ビジネスホテルで済むところを高級シティホテルに泊まった、というならその差額分は消費とみなしてもいいと思いますが。

③ピアノを使って曲を演奏すること
 ↑これは「お金を払っているわけではないから消費ではない」だそうです。しかし、この問題では「消費」を「欲望を満たすために・・・物資など(財・サービス)を使うこと」と定義しています。「消費」の条件として「お金を使う」という定義はされていません。「ピアノ」はまちがいなく「財」に該当します。「音楽を演奏したいという欲望を満たすために財を使う」という解釈は十分可能です。

④暑いときや寒いときにエアコンをつけるために電力を使うこと
 ↑これは「電気料金を支払ってサービスを使うこと」なので「消費に該当する」だそうですが、「寒い/暑いからエアコンをつける」というのは「人間が欲望を満たすために」行う行為とは限りません。温度で品質が左右される商品を製造している工場なら、エアコンは欲望とは無関係に不可欠です。オフィスでも温度が生産性を大きく左右するのはよく知られています。つまりこの選択肢をこの問題に入れるなら、「家庭で寝苦しい夜を涼しく過ごすためにエアコンをつけるために電力を使うこと」ぐらいに状況を限定しないと成り立ちません。

選択肢については以上ですが、「消費」の定義のほうについても目を向けましょう。このQ.16では

人間が欲望を満たすために,生活に必要な物資など(財・サービス)を使うことを消費という

と定義していますが、「欲望」とはいったい何でしょうか? 「大学に通って教育を受ける」ことを「欲望にもとづく行為」と解釈するかどうかは個人差が大きいです。「出張に行ってビジネスホテルに泊まること」は「生理的欲求を満たすため」とは言えますが、それを「欲望」と表現することは疑問に感じる方が多いでしょう。「欲望」には「なければないで我慢できるけれど、あるとうれしいもの」という語感がありますが、「出張での宿泊先」は「なければないで我慢できるもの」とはとても言えないからです。

ざっと以上のような理由で、このQ.16はとてもRSTの出題として適切な問題とは言えません。記事全体としては同意しますが、この件は少々残念です。

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