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記者としての取材や編集者としての仕事の中から浮かんだふとした疑問やトピックをご紹介。裁判や企業法務、雑誌・書籍を中心としたこれからのメディアを主なテーマに、一歩引いた視点から考えてみたいのですが、まあ、精密でない頭の中をそのままお見せします。

「NHK会長が理事の辞表を集めていた」意味を、放送法の条文から読む

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ソースは共同通信配信のこちら。まず、これが事実であるというのが前提。

「NHK会長、理事らの辞表預かる 就任初日に要求、人事権を強調か」(47NEWS)

 では、これにどんな意味があるのか。放送法という法律の条文を読むと、その狙いが正確にわかる。法律が関係する問題では、必ず条文を読むことをおすすめする。

 放送は、限りある電波を使う性格上、放送法という特別の基本法を設け、公共の目的のために、放送事業者に枠をはめている。放送は、公共の福祉のために行わなければならず(1条)、そして、放送番組の制作は、誰からも干渉され、規律されることはない(3条)。これはNHKであろうと民放であろうと同じだ。

■経営委員と理事はどう違うのか

 さて、問題のNHK理事だが、最近話題の百田尚樹氏や長谷川三千子氏が就任している経営委員とは異なる。NHKには経営委員会と理事会があり、それぞれ役割を分担している。まず、経営委員の仕事から見ていこう。

 経営委員の職務は第29条に列挙されているが、要するにNHKの業務が適正に行われているかを外部からチェックする役割だ。NHKの業務そのものからは切り離されており、「法の別段の定め以外、放送番組について、個別の放送番組の編集その他の協会業務の執行ができない」(32条1項)。

 一方理事は、「理事会は、定款の定めるところにより、協会の重要業務の執行について審議する。」(50条2項)役割があり、実際の業務を統括する役割を果たしている。このページを見ればわかるように、会長以外の理事はNHK職員出身者から構成されている。株式会社でいえば、社員から取締役に登用された人たちだ。

 つまり、株式会社であれば、経営委員会が社外取締役、理事会が執行役員的位置づけのガバナンス体制が組み立てられている。

■会長が理事の辞表を預かる意味とは

 NHK理事の任命は、経営委員会の同意を経て会長が行う(52条3項)。共同通信の報道によれば、籾井会長は理事たちに対し、「あなた方は前の会長が選んだ。今後の人事は私のやり方でやる」という趣旨の発言をし、辞表を集めたのだという。

 では、理事の退任はどう決められているのか。

......

第55条 経営委員会は、会長、監査委員若しくは会計監査人が職務の執行の任に堪えないと認めるとき、又は会長、監査委員若しくは会計監査人に職務上の義務違反その他会長、監査委員若しくは会計監査人たるに適しない非行があると認めるときは、これを罷免することができる。
2 会長は、副会長若しくは理事が職務執行の任にたえないと認めるとき、又は副会長若しくは理事に職務上の義務違反その他副会長若しくは理事たるに適しない非行があると認めるときは、総営委員会の同意を得て、これを罷免することができる。
......
 経営委員会の同意をとりつければ、辞表がなくても会長は自由に理事を罷免できる。さらに辞表を預かることで、会長は人事権を盾に理事をコントロールできる。

 要するに籾井会長は、「お前らなんかいつでもクビにできるんだぞ」と理事を脅しているのである。

 その先には経営委員が手をつけることのできないNHKの業務、とりわけ放送番組への具体的干渉が視野に入る。つまり、放送法3条を骨抜きにできるのである。

■評価

 NHKが今まで公正中立な素晴らしい番組ばかりを作ってきたかといえば、そうでない側面もあるだろう。また、お家騒動を繰り返してきた組織でもある。しかし、法律が定めている「組織の枠」を壊そうとする動きとなればまた別である。

 経営委員会と理事会のように、業務執行と経営を分離することは、株式会社の基本の基本のガバナンスだ。特に市場で資金を調達している上場会社では厳格に運用することが求められ、反すれば重いペナルティが科せられる。さらに、このシステムはグローバル化した世界で共通の「信頼の枠組み」であり、投資家は、その企業のガバナンスが整えられ、市場がチェックしているから投資できるのである。それに反する運用が行われているとなれば、NHKは世界的に信用を失うことになるだろう。

 では、これは籾井会長のワンマン社長的な知恵だろうか? そうとも思えない。今回の件は、放送法やNHKの内部の規則を定める定款の条文が読め、ガバナンスが理解できる人物が別にいる、そのことを指し示しているのだと私は考えている。

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