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記者としての取材や編集者としての仕事の中から浮かんだふとした疑問やトピックをご紹介。裁判や企業法務、雑誌・書籍を中心としたこれからのメディアを主なテーマに、一歩引いた視点から考えてみたいのですが、まあ、精密でない頭の中をそのままお見せします。

〈忘れられた消防隊〉3月15日NHKスペシャル「東京が戦場になった日」。年少消防士と学徒消防隊員は東京大空襲で何を見たか?

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 1945年3月10日未明の東京大空襲から、69年が経った。来年は70年の節目になる。

 15日(土)午後7時半から放送される「NHKスペシャル特集ドラマ・東京が戦場になった日」は、ドラマという形式を借りて、埋もれていた「年少消防官」「学徒消防隊」の実態に迫り、10万人が亡くなった東京大空襲の真実に迫る、新たなページを開いた。

 団地の火災現場に飛び込んでいき煙に巻かれ死亡した老人、高木徳男(加藤武)の通夜に、戦時中、徳男と同じ消防隊に所属していたという神部正明(米倉斉加年)が現れ、徳男が戦時中「年少消防官」であったことを告げる。何も知らなかった家族は驚くが、正明は「自分は、学徒消防隊の一員だった......」と東京大空襲の壮絶な一夜を語り始め、なぜ徳男が火災に飛び込んで行ったのか、その「秘密」が明らかになる。

*正明役の市川知宏

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*『モテキ』などで注目される泉澤祐希。少年時代の徳男を演じる。

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 時はさかのぼる。敗色濃い1945年2月、徳男(泉澤祐希)と正明(市川知宏)は消防隊で出会う。ふたりは正式の消防官ではなかった。徳男は戦闘機乗りを目指したが、兄たちが戦死し、母・栄子(工藤夕貴)のたっての望みで、応召する消防士たちの穴を埋めるために17〜18歳の男子が集められた年少消防官になった。正明は西北大学理工学部の学生だったが、学徒消防隊員となる。徴兵延期措置が撤廃され、戦地に赴いた文科系学生に対し、軍事的利用価値があるからと徴兵猶予が続いていた理科系の学生が組織され、1945年2月に発足した学徒消防隊に、正明は悩んだ末志願したのだ。
 ストーリーは徳男・正明の一家と消防署の上司や仲間、そしてふたりが配属された消防分団のある軍需工場の女子挺身隊員、沢田若葉(朝倉あき)たちをめぐって展開する。

*耳が不自由な女子挺身隊員を演じる朝倉あき。

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「戦場としての東京」を映像化

 試写を見てびっくりしたのは、「東京で見る戦争の情景」が丹念に再現されていることだ。もちろん実際に、それを見たことはない。しかし、私が今まで、戦争体験者から話として聞いてきたディテールが、まさにそのまま眼前に展開している。これだ、という不思議な思いにとらわれた。
 たとえば、B29が高度1万メートルを悠々と飛び、日本軍の戦闘機が迎撃するが高度が届かない。それを正明たちが見ているシーン。私はこのような場面を何人もの人から聞き取っているが、「こうだったのか!」という驚きがあった。
 また、物語の上で重要な展開となる戦闘機による機銃掃射。「最初豆粒のように見えた戦闘機が見る見る大きくなって、バリバリ撃ってきた」情景が再現されている。スピードがもっと速かったのではないかとか、時間軸的にこのような攻撃があったのかなど細かい疑問はあるが、CGを駆使して「見たこともない戦争の情景」を見せることに成功している。
 そして、クライマックスの東京大空襲でも大がかりなセットが組まれ、迫力のあるシーンが展開する。よく考証されたストーリー運びだ。特に説明がないが、映像で描写されていたので言及しておくと、出動早々、消防力が失われてしまうことを示すシーンがある。これは実際に消火栓の水圧が落ちてしまったからで、ポンプ車はほとんど消火の役に立たなかった。史実では、出動した消防隊は次々に孤立し、深川消防署管内では消防士85名の殉職者、40名の行方不明者を出してしまう。

戦争の矛盾を心情描写で鋭くえぐる

 長さの関係だろう、登場人物の心理描写や交流を描く部分は短い。しかし中園健司脚本は、徳男と正明の心情を巧みに描写する。徳男は、繰り返し「救えなかった」挫折を味わい、それが口を閉ざす元になった。実際に戦争体験を語りたがらない人は少なくない。その心情に対する、中園氏の優しい洞察であろうと思う。
 兵器開発に有利だからと理科系の学生の徴兵を猶予しているのに、学徒消防隊で動員してしまえば無意味だ。そんな正明のやるせない本音の部分は、斜に構えた同級生の秋野に代弁させている、「いよいよとなったら、自分は任務を捨てて逃げる」と広言していた秋野の運命は胸を衝かれる。本作が絶筆となった中園脚本は、これを描くことで絨毯爆撃作戦の非人間性をえぐった。

*現場に出動する徳男(右)と正明(左)

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それでも現実の悲惨さには足りないが

 実は私は、ドラマの舞台となった深川に住んでいる。最初に焼夷弾が着弾したとされる地点は隣の町内に当たる。

 ここに住んで十数年経つが、たまに地元の図書館まで散歩しては『江東区史』や空襲体験の聞き書きを読んでいた。当然ながら現実はドラマの描写をはるかに超える。9日から吹き始めた強風は焼夷弾による火災をあおり、強烈な火災旋風となった。吹き飛ばされるようにちりぢりになった家族の話、鉄筋の小学校校舎でも、炎熱の中、扉を開けると一巻の終わりとがまんし、火が収まってから出てみると、扉に黒焦げの人が張り付いていた話。生き残ったのは隅田川の橋の上、大きな公園、そして鉄筋の小学校校舎に避難した人のみだ。
 だから、空襲の情景を語ることができる人はほとんどいない。生存者の多くも鬼籍に入った。だが、「家の建て替えで更地にしたらこんなものが出てきた」「このお稲荷さんは、大空襲の死者を悼んで作られたもの」。地元で生活していると、大空襲のかけらがちらりちらりと見えてくる。それらをつなぎ合わせれば、まだ見えてくる新しいものはある。

 本作は、CG技術と脚本の力が結びつくことで、忘れ去られようとしている時代の新しい「語り部」が生まれることを示唆している。

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