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記者としての取材や編集者としての仕事の中から浮かんだふとした疑問やトピックをご紹介。裁判や企業法務、雑誌・書籍を中心としたこれからのメディアを主なテーマに、一歩引いた視点から考えてみたいのですが、まあ、精密でない頭の中をそのままお見せします。

防災の日、都内幹線道を100ヶ所通行止めにする警視庁の「本気」

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9月1日の防災の日、警視庁は都内の道路100ヶ所で、10分間いっせいに通行を止める訓練を行う。東日本大震災から得られた大きな教訓が、この訓練につながっている。
(上写真・愛宕の警視庁交通管制センターの大スクリーン。3.11直後は、渋滞を示す赤い発光が道路すべてを埋め尽くした)

■3.11、同時多発的に始まった東京の道路マヒ
3月11日の東日本大震災の夜、都内の道路はマヒ状態になっていた。
都心から放射状に伸びる幹線道路の歩道は、電車が動かないため徒歩で帰宅する人があふれた。苦労して帰宅された方も多いのではないか。

筆者はたまたま江東区の自宅で地震に遭い、知人の安否確認をしているうちに東京駅で帰宅困難になっている友人がいることがわかった。そこで19時ごろ車を出して迎えに行った。東京はほとんど被害がない、という軽い気持ちからだったが、すぐに「しまった、認識が浅かった」と思った。日本橋浜町の手前から車が数珠繋ぎになっているのである。東京駅に向かう車が大渋滞を起こしているのだ。裏道裏道を使って日本橋本石町の日銀までたどりつき、そこで友人と落ち合って自宅に泊まってもらったが、自らの認識の甘さを思い知らされた。

あの夜、都心から伸びる街道を中心に、迎えや企業から社用車などで帰ろうとする車で道路は激しく渋滞した。都心近くでは1キロ2時間程度を要し、京葉道路の渋滞が解消したのは、翌12日になってからだと言われる。

後で警視庁交通管制センターを取材する機会があった。センター長の青柳景一警視は、当時の様子をこう教えてくれた。

「異変が起きたのは地震発生から15分ほど経った午後3時頃。センターの巨大スクリーンに示されている都内の幹線道路図に、一斉に渋滞を示す赤い点が点灯した。点はすぐ線になって伸びていった」
 首都高速が点検のため全線閉鎖となり、走行中の車が最寄りのランプから一般道に下ろされた。そこを起点に渋滞が始まり、主要道路全てに及んだ。これが、3.11大渋滞の始まりだったのだ。

 私もそうだが、車で迎えや帰宅を目指した人たちは、震災は遠くの問題で、東京には影響ないと思い込んでしまった。これは深く反省すべきだ。東京の最大震度は5強で、震度が6を超えると即時に発動される大規模交通規制がなかった。確かに大きな被害もないのに道路を止めてしまえば、物流など都民の生活を支えるインフラがたちまち支障をきたすから、それ自体は責められない。しかし今回の大渋滞は、鉄道が全て止まり、運転再開見通しが立たないかつて経験したことのなかった自体と、都民の防災意識の薄さが掛け合わされて大きくなり、規制するかどうかの境目での判断の難しさを浮き彫りにした。警視庁は今回大掛かりな訓練を行うことで、都民に「むやみに車で出ない、大地震に遭遇したら道を空ける」という意識を身に付けさせたいのだと思う。
 必要なことだと思う。

■震災の交通規制は環七の内側だけではない
 では、規制はどのように行われるのか。
 環七通りの内側は全面車両通行禁止となる。環七以外でも首都高速をはじめ主要道路を緊急自動車専用の緊急交通路として一般車両の通行を禁止する。

 環七の外でも例外がある。環七の西側、国道246号線(玉川通り)と交わる上馬交差点(世田谷区)から南は、国道246号線上から南側全域が神奈川県境まで全て通行止めとなる。
 さらに、「○○街道」と呼ばれるような主要道路、多摩地区各地を相互に結ぶ主要道路は、環七の内外にかかわらず、緊急車両用緊急交通路として車両通行禁止になる。これらの道路には、「緊急交通路」というナマズの絵が描かれた大きな標識が設置されている。首都高速や東名道、中央道、東北道などの高速自動車道も緊急交通路になるので全面通行止めだ。これら通行禁止区域内の道路を走っている車は、道路の外か、緊急車両通行のさまたげにならないように道路脇に寄せて車を止めなければならない。
 さらに、福生、昭島、八王子市と多摩西部を南北に縦断する国道16号線のラインでも規制が行われる。環七同様、ここから東側の都心方向には入れない。国道16号線から内側の都県境では都内への流入、都内からの流出の両方向とも禁止になる。

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■じっと時を待つ「災害型信号機」
(上写真・青梅街道上り線の高円寺陸橋交差点の信号。これは災害型信号機ではないが、交通規制時には赤と左右の矢印のみが点灯し、環七から中に車が入れないようになる)
 人知れず出番を待っている設備をひとつ紹介しよう。環七と交差する道路には、「防災型信号機」が設置されている。それはなにか。単なる「左折の青い矢印を出す信号機」で、三色の信号機の下、右折信号機の左隣についているが、点灯したことはない。交通規制になって、初めて信号機に命が宿って左矢印が点く。つまり、環七の交差点では赤信号と右矢印、そしてこの左矢印の防災型信号が一緒に点灯することで、直進して環七の内側に入ることができなくなる。おそらく防災の日の訓練では、この信号機の晴れ姿を初めて目にすることができるだろう。

 これらの交通規制や首都直下型地震を想定した東京都・警視庁・東京消防庁の即応体制については、月刊『東京人』7月号の「首都直下型地震特集」にくわしく書いた。書店ではすでに8月号に切り替わっているが、特集の性格上まだ置いている書店もあるので、ご参照いただければ幸いである。


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