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テレビのデジタル化がドライビングフォースとなり、全ての情報メディアが一旦、収縮する時代の羅針盤

スマート革命、マークCEOの反省「フェースブック過去最大の失敗はHTML5優位への信仰だった!!」

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<序文>

 2012年9月11日、火曜日に行われたテッククランチのネットベンチャー発見&育成会議= TechCrunch Disrupt conference においてフェースブックのマーク・ザッカーバーグCEO「フェースブックは、約2年前、スマートフォンのネイティブアプリに対抗して HTML5を優位と考え、大きな賭けに出て失敗した。大きな誤解だった。」と述べています。その結果、フェースブックは貴重な2年を失いました。

 

 一人一台のパソコンの時代にはパソコン+ブラウザーが自由で開放的なインターネットアクセスを保証し、その上で豊かなWebサービスが開花しました。所謂、Web進化論の時代です。しかし葵の花に倒幕と明治維新と言う時代の嵐が吹いたように、パソコン+ブラウザー+Webサービスの時代は終わろうとしています。

 

一方一人が七台のスマート機器を使い分けるスマート革命の時代には、スマート機器+アプリ+クラウドサービスと言うアップルやアマゾンに代表される閉鎖型のサービス支配論理が優位な時代であることは次第に明白になり始めています。

 

 スマート革命(ポストPCコンピューティング)の時代になってもオープンな環境を維持できると言う儚(はかない)い夢を「HTML5を優位信仰」に託し、フェースWebを夢見たたマークさんの美学にはものの哀れを感じますが、マークさん曰く「フェースブックは自己反省(セルフ・クリテイカル)する会社だ!!」と言う事で戦略を切り替えたそうです。しかしそのために貴重な2年間を失い、その結果、上場に伴う株価の大幅下落(半値以下)と言う痛い代償を伴いました。

 

フェースブックのHTML5優位の否定発言は、国内のネットベンチャー企業の動きやスマート機器へのアプリ開発の動き、ソーシャルゲーム企業の動きにも大きな影響を与えるでしょう。

 

 あの賢いマーク・ザッカ―バーグ氏もHTML5優位への信仰に騙されたんですね。お金の話は別にしても「オープンと言う美学」は童話のハメルーンの笛吹きのように心地よい響きですから。

 

★★ Mark Zuckerberg: Our Biggest Mistake Was Betting Too Much On HTML5

Zuckerberg_disrupt11

<出所:allthingsD>

 

<フェースブックはアプリ優位に舵を切った>

 マークさんがおっしゃるには、「フェースブックは数ヶ月、HTML5優位への信仰を信じて大きな賭けに出た。しかし結果としてアプリには品質面で及ばないのに気がついた」と述べています。そして「ブラウザーベースのサービスは別にして、スマート機器上ではアプリ優位に舵を切った」そうです。その結果、アップルとのパートナーシップが実現し、iOSによるフェースブックアプリも充実しました。アンドロイドにも同じように注力するそうです。

 

<有名な共有地の悲劇の歴史の繰り返し>

 初期資本主義の勃興に関する有名な論文に米国生態学者のギャレット・ハーディン1915-2003年)が書いた「共有地の悲劇(コモンズの悲劇)」があります。中世の牧歌的な牧草地に村の複数の農民が牛を放牧していました。彼はこれをオープンアクセスと述べています。しかし資本主義の初期に繊維産業が勃興し、貨幣経済の時代となると農民同士が競争して無尽蔵に牛を増やし始め、共有の牧草地が枯れたり、勝者の独占が起こったりすると述べています。

オープン環境から閉鎖環境にエコシステムが変化しました。

現在、スマート革命(ポストPCコンピューティング)においてもこれに近い状況が起こりつつあります。広告売り上げが雪崩れ込まず、広告単価も低いスマート革命はアプリやスマート機器による顧客の囲い込みが主流のエコシステムです。何故ならマイクロ取引やECで稼ぐしか生き残る手段が無いからです。

 

そうなれば「共有地を保証する牧歌的なブラウザーアプローチ」よりも生活者が少しでもお金を落とすアプリの方が優位に立ちます。無論、フィナンシャルタイムス誌の事例が示すようにHTML5でも同じことができますが、使い勝手に関してアプリに一歩及ばないのは事実です。サービス支配論理は、わずかな使い勝手の差にマイクロ取引ベースで生活者がお金を支払う論理の世界ですこの点にマークさんも気がついた訳ですね。

 

<アプリが主、HTML5が従の世界>

 スマート革命はサービス支配論理が基本です。判り易く申し上げればスマートテレビの韓国LGの製品を見れば判りますが、音声やゼスチャーのような「ちょっとしたインターフェース」など使い勝手の良さが好まれます。何故なら一人一台のパソコン時代は、「パソコンと言ういわば技術のプロに適した機器を使う時代」だったからです。しかし素人がボタン一つで使えるサービス視点のスマート機器ではアプリの僅かな使い勝手の差に100円支払うのがスマート機器です。

 

 

またパソコン時代はネットサーフィンが主でした。一方スマート機器ではメディア消費が主になり始めています。メディア消費には明らかにボタンひとつでいける、速いアプリが適しています。

一方ブラウザーによる検索ニーズも半分くらい残りますからHTML5も伸びる余地があるでしょう。

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