100円のキャベツを500円で売る。サブスクビジネスのポイント(後編)
100万円のスイス製高級腕時計が30万円で売られていた。それも、かなりのレアものである。さて、アナタならどうするだろうか。
ある人は「お買い得だ!」と飛びつくかもしれないし、ある人はさんざん迷った挙句、諦めるかもしれない。「そもそも腕時計に30万円なんて大金を出す気はない」と、まったく興味を示さない人もいるだろう。
いくら安くても、いくら良いモノでも、いくら珍しくても、商品そのものに興味がなければ決して消費者は買わない。「商品が持つ価値観」とそれに対する「自分の価値観」は別物であり、2つの価値観と値段が合ったとき、ようやく人は「欲しい」と考える。
さて、消費者は高額だから価値を吟味するわけではない。むしろ日常的に購入する商品の方が、じつは「商品の価値観」と「自分の価値観」を比べているものだ。それも無意識のうちに。
例えば、スーパーで購入する野菜。「アナタにとって野菜は何ですか?」と尋ねたなら、おそらく100人中100人が「食品」とか「必需品」と答えるだろう。しかし、それは単なる「商品区分」に過ぎず、野菜に対する「自分の価値観」とは異なる。
そして、自分の価値観はなかなか見えづらいものだ。
どういうことか――。
例えば、肉や魚より野菜にこだわる消費者がいる。有機栽培を選び、値段は気にせず、とにかく安全や安心を追求するタイプ。こういう人にとっての野菜は、食品や必需品というより「贅沢品」に近い。
他方、野菜の値段が高騰すると購入を控える消費者も少なくない。安いモヤシを増やしたり冷凍野菜に切り替えたり。こんな人にとっての野菜は「代替品」と言えるだろう。
あるいは、健康のため朝昼晩と大量の野菜を摂取する人がいるが、もはや野菜は「サプリメント」のような感覚である。反対に、野菜をまったく食べないという人もおり、こうなるとそもそも食品ですらなく「不用品」だ。
消費者はいろんな価値観を持っている――。あらゆる商品・あらゆるサービスに共通することで、この事実を知らないと、企業は延々と的外れの販促をすることになる。
意外な新しい価値観をつくれ
以前、新規事業として農業ビジネスを手がけたことがある。毎月2回、無農薬野菜の詰め合わせを宅配するというもので、今でいう「サブスクビジネス」である。
支払いは1年分の前払いのうえ、24万円とかなりの高額である。無農薬栽培は手間暇がかかるためこのような値段設定にしたが、単に「手間暇がかかる」という理由では、まず消費者は買ってくれないだろう。
そこで「商品の価値観」と「消費者の価値観」を転換することにした。
野菜を食品でなく「会員権」として販売することにしたのだ。
まずは限定50組の会員制とし、完売した際は会員の誰かが辞めない限り入会できないシステムにしてプレミアム性を高めた。収穫体験といったサービスを充実させ、海外産の貴重な野菜で顧客満足度を高めるなど、あくまで「会員権としての販売」にこだわった。
すると1年も経たないうちに、消費者もまた野菜を「会員権」として考えるようになった。
例えば、高額な値段の件。定額制で詰め合わせのため分かりづらいが、どの野菜も1個あたり500円という計算になる。当時キャベツ1個が100円程度だからじつに5倍にもなる。ところが、それを高いと考える人はいなかった。なぜなら会員権として購入しているから。
不思議なもので、会員の中からこんな電話があった。高級スーパーで有機栽培のキャベツが1個300円で売られていたらしいのだが、「しょぼいキャベツが300円で売られてたのよ。あんなの誰が買うのかしらね? 馬鹿らしい。高すぎよ」と。
スーパーは野菜を「食品」として売っており、当然ながら消費者も「食品」として認知する。消費者はキャベツ1個の「相場」を知っているため、それより安ければ喜び、高ければ文句を言ったり買い控えをしたりする。高級スーパーも有機栽培をウリにしているとはいえ「食品」に変わりなく、やはり「相場」から抜け出せない。
ところが、同じ商品でも「新たな価値観」を与えると100円の商品は500円でも売れる。
もちろん簡単なことではないが。
思い込みを捨てろ
いろんな企業に行っては「御社の商品は何ですか?」と尋ねると、「花です」「雑貨です」「美容サービスです」と社員はストレートに答える。花を「花」として売り、雑貨を「雑貨」として売り、美容サービスを「美容サービス」として売っているわけだ。
さらに「商品のウリは何ですか?」と続けると、「業界トップレベルの品質です」「ライバル社より安いです」「安全性とデザイン性です」など、みなが慣れたように「商品の価値観」を列挙する。
ただ、それは「自社の価値観」を押し売りしているだけ。誰一人として「消費者の価値観」がいろいろあることにすら気づいてなく、結果として多くの見込み客を取りこぼしていた。
思い込みを捨てると、マーケティング戦略はがらりと変わる。
(荒木NEWS CONSULTING 荒木亨二)
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